ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

実習で異文化交流 その⑦

4日目 後編

 準備自体は想定していたよりもずっと軽いものだった。書庫に保管してある売り物の本が入ったダンボールを会場近くまで運ぶだけであり、陳列は明日やるのだという。狭苦しいエレベーターには苦戦したが、大きな遅れもなく作業は完了した。

 その後、今回の古本市を主催するボランティア団体上層部の会議を見学した。決して重々しいばかり会議ではないものの、部外者が聞いたところですべてを理解できるようなものではなく、我々はなんとなく雰囲気を感じ取った。

 解散後、例によって影武者を除く我々は夕食を共にした。今日は明日への決起の意味も込めた焼肉だ。まともに話すようになってからたった3日で同じ炉の肉を喰うようになるとは、まったくめざましい進歩だ。

 この日は我々がこの宿で過ごす最後の夜だった。明日だけ一部のメンバーが宿を移るためだ。控えめながら酒盛りも開かれた。ぼくは取っておいた酒を風呂へ持ち込み、薄暗い中で打たせ湯を肩に浴びつつ楽しんだ。これをいつでもできる身分になりたいものだ。

 

5日目 前編

 朝食も部屋の撤収準備も早々に済ませた。いつも後回しにするぼくがこうした理由はただひとつ、もう一度風呂に入るためだ。この部屋との別れを惜しみつつゆっくりしていたが、少しゆっくりし過ぎてしまった。なぜか部屋にあった高そうな珈琲茶碗も、お湯を飲んだだけに終わった。

 幸いにも致命的な遅れとはならず、他のメンバーと同じタクシーに乗れた。古本市の会場は図書館の中庭だ。前日に近くまで運び込んでおいた本を並べ、開店の準備をした。1名がカウンターでボランティアと共に会計を行い、残りは売れた本の穴を埋めて働くようだが、正直人数過多な気はする。

 開店時刻になるや否や、というかまだあと数分あるくらいの頃に老人が数名突撃してきて、恐るべき速さで目当てを購入し帰っていった。やはりこういうところの主な客層は老人なのかもしれない。正式開店後も老人は多くやってきた。休日なのだが、若者はほとんどいない。

 老人は古本の買い方も若者とは違う。我々とてやらないことはないが、シリーズものをまとめて買っていきがちだ。特に時代小説が人気で、ずいぶんあったはずのシリーズがたったひとりによって買われていった。ごっそり抜けた穴は圧巻だ。その他にも、分厚い全集のようなものがぽんぽん買われる。

 中高ではずっと図書委員に所属し、学園祭に古本市を出店していたものだ。最後の年には責任者をやったくらいだったが、いつの年も佐伯とかいう作家の時代小説が何冊も何冊もあった。売れなかった本は保管しておいて来年また並べるので、もう何年も売れていないヌシといったところだ。どうせ売れないんだろうなと思いつつ毎年並べていたことを思い出した。たしか、今年久しぶりに訪れた学園祭でもまだ売られていたような気がする。

 開店後数時間がピークで、その後は客足もまばらになった。明らかに客よりも多い人数のスタッフがいる。自分だったら苦手な状況だ。それでも一気に抜ける訳にもいかないので、昼休憩は交代で取ることになった。程々に昼食を食べてもまだ時間は残っており、図書館の外を散歩した。

 図書館のすぐ向かいには中学校らしき学校があり、今日は休日ながら何らかの大会があったようで学生の姿が見える。今回の実習で話したのは、図書館の職員やボランティアスタッフなどすべて大人だった。若者と話す機会はせいぜいがこの古本市くらいだったのだろうが、そもそも若者が来ないのでは話しようもない。

 ちょうど何かを待っているらしい学生に話しかけようかとも思ったが、不審者と思われる危険を考慮してやめておいた。ぼくだったら警戒するだろうし、誰だってそうするだろう。都会から来たお兄さんとして憧れの目を向けられてみたかったことは否定しない。

 迎えが来て彼らもいなくなったので、館内を見学することにした。