ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

生存報告: 2023-11

 年の瀬になってしまいました。今年もそろそろおしまいです。1年をやり切ったという満足した気分で大晦日を迎えられることはあるのでしょうか。

 

 今年は始まりからしてひどい年で、嫌になるくらい嫌なことがありましたが、それでも大学生最後の年を私なりに楽しめたのではないかと思います。ふとすると表出する鬱の永続デバフをその時々の多幸感で打ち消してようやく生きているような、スリップダメージを自動回復でカバーしているような有様だとしても、ひとつひとつの幸福は真実ですからね。

 結局のところ、私はヒトに飢えているのでしょう。ヒトの熱に満たされている状態に幸福を感じ、それがない状態や失われることに苦しみを感じます。要は誰かと関わっていたい、構われていたいのですね。

 今年のことを考えても、やっぱりいい記憶は誰かのおかげです。誰かと新しく友達になったとか、より仲良くなれたとか、そういったことに幸せを感じます。縁において質と量のどちらを重視すべきかは難しい問題ですが、願わくば両方とも欲しいものです。

 そういう人々を大事にして生きていようと思います。悪意によって受けた傷は、善意によってしか治せませんからね。

 

 今年の遺恨は今年のうちに祓除しておきたかったところですが、どうやらそうもいかないようです。私に打てる手はすべて打ったつもりでも、最初から無駄だったのかもしれません。「もうとっくにダメです。」としか言えませんね。

 

(↑これを書いていたのは12月です。大学祭のある秋はどうしても書くのに時間がかかりがちですね)

 

 

 

<学校>

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 大学祭が終わると何が起こるでしょうか?正解はそう、次の大学祭がやってきます。去年は10月末に開催されていましたが、今年はなぜか少し遅くなって11月頭になったのでした。

 なお、この日はたくさんの世間のイベントと被るだけでなく、複数の大学祭とも重なっていました。避けるのが無難だったと思います。また、去年より開催が遅いのに各種申請期限が早まった*1ため、こちらの実行委員会への好感度は低めです。

 私としてはスケールが違う都会キャンパスへの僻みがあることは否定しませんが、嫌っているのは他の人々も同じだったようです。Twitterで検索すると、説明会が遅いだの重要事項が共有されていないだのと不満がいっぱい出てきます。我々の実行委員会ってどう思われているのでしょうか。

 

 自分のところの学園祭に参加する形は、3通りあります。すなわち、①一般参加、②出展参加、③運営参加です。コミケと同じですね。僻地のキャンパスでは③、都会のキャンパスでは②として参加できることの、なんと恵まれていることでしょう。もはや、自由時間が落ち着かないまであります。

 さらに、今年は2つのサークルに参加していました。4年生を受け入れてくれる風潮には深く深く感謝しています。せめて邪魔にならないよう恩返しをしなくてはなりません。

 なお、両サークルとも100名を超える構成員を擁しているはずなのですが、大学祭に参加するのはほんの10から20名程度です。その面々もなんというかいつも通りで、楽しいのにもったいないことだなぁという気もします。

 テント立ての指揮で自尊心を満たし、力仕事で貢献度を稼ぎました。参加者は女子が多めでしたから、パワー型ではありませんがこういうところこそ私の出番です。私がタイタンです。

 都会の大学祭は3日間開催され、2日間開催の僻地とはその時点で差があることにはもう触れましたね。都会はその余裕を活かし、初日の午前を丸ごと準備に充てています。やはり、これは我々にはない大きなアドバンテージです。搬入や設営を終えたらすぐに営業開始できるので、いちいちテントを畳んだり備品をその中に入れたりといった手間がありません。明るい中で作業できるのも見逃せません。

 僻地ではこうしたテント出店方面には携わらなかったので、そちらでどうなっていたのかはわかりませんが、今回はコンロやガスボンベの運び込みがありました。これらはたぶん業者にまとめてレンタルをかけます。なので、たくさんの団体に希望の器具を受け渡すオペレーションが発生しているのですね。

 これが結構時間を喰います。いち出店者からすればもっとスムースにできないのかとか言いたくもなりますが、こういうのが順調に進んでも時間がかかるものだし大抵順調にはいかないということは僻地でのこれまでの経験からわかっています。なので、早めに搬入できた長机と椅子を使って、同期と面接ごっこをして遊んでいました。ようやく面接とおさらばしたところでしたのに……。

 準備を終えて本祭がいざ始まると、心休まる時はもはやありません。大量の客が流れ込み、キャンパスは人でいっぱいになります。他の食品出店に携わったことがないので、そちらのシステムはわからないのですが、我々の店は整理券制になっています。毎年、その対応には苦慮していますね。

 今年は蒸す工程で手間取り、初日は目標数を売り切れないまま終わってしまいました。また、シフトの中には外回りの宣伝があり、看板を掲げてキャンパスを歩き回るという仕事*2なのですが、あまりに混雑しているのでそれを禁止するというお達しが実行委員から届きました。これは明日以降も続くようで、初日から波乱のスタートです。

 

 なぜ毎年スムースに行かないのでしょうか? これは毎年議論され、毎年同じ結論に辿り着く問題です。つまり、我々にはどうしようもないのですね。どうしようもない原因は、主に2つあります。

 ギョウザドッグは、冷凍されているものを袋から取り出し、15分くらい蒸し器に放り込んでおくと完成します。蒸し器は上下で2段あり、1段で12個調理できます。ひとつひとつできあがるのではなく、特定のタイミングでわっと一気に完成するということですが、これが扱いの難しい原因その1です。

 これは、待ち時間が発生するということであり、整理券とギョウザドッグを結び付け管理する業務が発生するということでもあります。これが結構複雑で、てんやわんやになる原因です。これは、ギョウザドッグを扱う限り避けられない運命にあるでしょう。

 もうひとつの原因は、来ない客です。基本的にはこういう流れになります。

 

蒸し器「1番から12番を蒸すよ」

客A「12番買ったよ、またあとで来るね」

蒸し器「1番から12番が完成したよ」

客A「帰ってきたよ、これ12番の整理券」

我々「12番すね、どうぞ」

蒸し器「1番から12番を売り切ったから13番から24番を蒸すよ」

 

 これが通常(理想)なのですが、もし客が来ないパターンだとこうなるのです。

 

蒸し器「1番から12番を蒸すよ」

客A「12番買ったよ、またあとで来るね」

客B「13番買ったよ、またあとで来るね」

蒸し器「1番から12番が完成したよ」

我々「1番から11番は引き取りに来たのに12番の客Aが来ない」

蒸し器「まだ12番が残ってるから13番から24番を蒸せないよ」

客B「13番まだ?」

我々「まだっすね」

 

 このように、「すべて捌けないと次の1ダースを作り始められない」という性質があるのですね。整理券の販売を一時停止したり、あまりに来ない客は無視して先に進めたりという対策はできますが、こうした客は毎年(というかほぼ毎日)現れるのが現状です。これにより、ただでさえややこしい業務がよりこんがらがってしまうのでした。

 

 私は、どうにか役に立とうとこれの改善を試みました。

 まず、毎回ルーズリーフに即興で手書きされている管理シートを、Excelで自作しました。フォントもミステリアスアイランドで使われているそれに合わせた自信作です。各番号ごとに整理券が売れたかと引き取りに来たかを、またダースごとに調理が完了したかを記録できるようになっています。

 また、たまたま家にあった発泡スチロールの箱を持ってきました。発泡スチロールは断熱材になりますから、蒸しあがったギョウザドッグもこの中に入れておけば保温になるはずです。そうすれば、次の1ダースの調理をすぐに開始できます。

 結局、幸いにもこの2つの策はうまくいったようでした。管理シートは気が向いたのなら来年以降も使えるデザインにしてありますし、後輩に受け継がれるとのことです。発泡スチロールの箱は、蒸し器の熱を浴びたせいか外部に大きい凹みができたので廃棄しましたが、提供スピードは格段に上がっていましたし、この前例も継承されるかもしれません。

 

 ここでの仕事が楽しいのはもちろんですが、最後ですし他のところでも楽しみました。

 同じく仕事ではあるものの、映画愛好会の方でも働いていましたし、教室企画も観に行きました。申し訳なさから漫研には入れませんでしたが、あとから聞いたところによると、なんと超てんちゃんのコスの人がいたらしいです*3。行けばよかったと深く後悔しています。

 以前、僻地のキャンパスで観たアイドルの同期が、今回もパフォーマンスをしていました。今回は、単独ではなく他のグループと合同でのステージです。そのグループも、アイドルのコピーダンスをしていること、弊学の学生から構成されていることは同じようで、他にもいたのですね。

 彼女らが出るというので、普段は見ないステージでのエンディングも観に行きました。ここでのメインコンテンツは今回のテーマソングを担当したバンドで、テーマソングや人気の曲をいくつも演奏していました。邦楽のライブは行ったことないのですが、この穏やかで緩やかな熱に満たされた夕暮れの雰囲気はいいですね。

 そこで聴いて気に入ったものの名前がわからず、「『ららら ららら らららら ららら ららら』を繰り返す部分があって明るめな最近の曲ない?」と妹に聞いたら、「『Mela!』だと思うけど、最近の曲ではないよ」と言われました(合っていました)。なんとなく最近聴いた覚えがあったのに、自分の感覚は信用ならないものです。この『Mela!』(緑黄色社会)と『花占い』(Vaundy)、あとテーマソングが結構気に入って、最近はよく聴いています。

 そうそう、テーマソングの演奏が終わったあと、実行委員からそのサブスクでの配信が発表されていました。ちゃんと歌詞まで付いていて、YouTubeに動画が上がるだけな僻地との格差を強く感じました。それを披露するステージだって、広さも性能も段違いです。都会では煙が出ますし巨大なモニターすらあります。いくらかかったんでしょうね。

 出店も実に個性的(うちも大概なのでしょうが)で、担々麺だのハンバーグだのクラフトコーラだのと高校までとは大違いです。案の定、舞浜みたいな祭り価格ではあるのですが、つい買ってしまいますね。自分のために買ったのもいくらかありましたが、働いている後輩やこちらまで出張している僻地大学祭実行委員会の後輩に奢ったのもそれなりの額になっている気がします。怖いので数えてはいませんけど。

 こちらの実行委員会の組織図は知らないのですが、協賛物品を使った福引はこちらでも行われています。もっとも、こちらはパンフレットと同じく有料で、景品の質が格段に高いのは格差を感じるところです。5連で回したらすべて最下位賞が出て、ポテトチップスを山ほど持ち帰る羽目になりました。もう買いませんからね。

 

 さて、大学祭が楽しいのは撤収作業にもいえることです。急速に暗くなり退校時間が迫る中、ちょっとした極限状態で作業に追われるのは、準備と同じくらい楽しいのです。

 僻地との違いはこれまでに挙げたようにたくさんありましたが、単に強い弱いではなかったのがテントの重りです。同一品ではないにせよ、両キャンパスでほぼ同じテントを使います。立てる手間も畳む手間もたいして変わらないのですが、重りだけは違っていました。

 僻地では水を入れたポリタンクをテントに結びつけることで重りとしています。一方、都会ではテント専用の重りを使っているのです。これがひとつ15kgあり、それが各脚にひとつですから計4つです。重い金属の塊はひとつでもかなり運びにくく、これが最大の難関でした。

 肉体的なつらさは精神的なつらさに繋がりますし、精神的なつらさは肉体的なつらさに繋がります。すっかり辺りは暗くなり、作業は山積みなのに進まないのがキツくなってきます。ずっと働いたあとのことですから、肉体も疲れ切っています。

 テントの脚や骨、重りは受付へ返しに行かなくてはなりません。その列が非常に長く、ひどい渋滞が発生していました。窓口を分散させでもしたらいいのにとも思いましたが、こちらの実行委員たちはこのあと22時くらいまで作業し、翌日も作業が待っている*4と聞いて同情しました。

 部署が違うので確実とは言い切れませんが、僻地の場合だと参加団体は借りてきたものを集積所に置くだけでよく、割り振られた番号をチェックして仕舞い込むのは実行委員の役割でした。足りない番号が見つかれば、それを割り振った団体に責任を押し付けられます。

 

 そうして片付けが終われば、ようやく解散です。私が張り切って企画した打ち上げに向かいます。よく勘違いされるのですが、私は打ち上げだけを楽しみにしているのではありませんよ。イベントそのものも打ち上げも、どちらも等しく私にとっては大事なもので楽しみにしています。もちろん、打ち上げが好きなことは否定しませんがね。

 そうそう、委員会だと何度かあったことなのですが、団体のロゴ入り服を打ち上げで着てはならないという風潮がありました。これは万が一外部で何かあった時に委員会全体が特定され責任を負わされないようにという策だったのでしょうが、こちらではそんなことはないようです。公的組織か否かも関係しているのでしょうね。

 みんなに脱がなくていいのか聞くと、ひとりならず女子から「これしか着てないんだが?」と言われ、女子の服を剥ごうとする人になってしまいました。私が悪かったです。

 打ち上げには、とても多くとまではいかずともそれなりの人数が来てくれました。普段はあまりこういう会に来ないタイプの後輩も来てくれて嬉しい限りです。1年生も結構来てくれて、ありがたいことですね。店もどうにかハズレではないところを選べたようです。

 解散後、気づくと私は見知らぬ駅にいました。すでに帰る術はなく、カラオケに一夜の宿を求めるしかありません(ネカフェは去年で懲りています)。フリータイムはひとりだと使えないこともこの時初めて知りました。

 入れはしたのですが、ふたつみっつ歌ったあとで眠りに落ちました。5時の少し前になってフロントからの電話で起こされるまではあっという間でしたね。また、その時にクレカをフロントに置き忘れていたことがわかりました。親切な店員さんに救われたのです。

 

 これで大学祭もおしまいです。学校の祭りに参加できるのは、これが最後になるでしょう。ほんの少しも心残りはないとまでは言いませんが、大学祭があったことで私の大学生活が間違いなくよりよいものになったことだけは確かです。

 順当なルートでなかったのにこうして関われたのは、なにかの導きというものかもしれませんね。大学生活で一番の恩人は、説明会で出会った以前の委員長でしょう。2年生から入ろうとしたイレギュラーでありながら、委員長が説明会に受け入れたり口利きをしてくれたりしたおかげで、無条件に落とされることなく今の広報局に入れたのですから。命の恩人と言っても過言ではないですね。

 実のところ、大学祭のどこがいいのかというのはあまりはっきりしていません。同じ局や部署の仲間と打ち合わせしつつ企画を進めていくのも、本祭間際になって他の局の人々と混ざりながら時間に追われるのも、本祭の雰囲気の中でスタッフとして動き回るのも、本祭の終了後に暗い中で明日への準備や片づけを行うのも、そのどれもが好きだからです。これらをとりあえず「ザ・文化祭」と呼称していますが、これへの憧れというか渇望というか執着は高校の頃からずっと続いています。毎回、存分にこれに浸かっているとは思うのですが、味を占めるだけに終わっています。いいものはいくらあっても足りませんからね。

 所属するサークル(委員会なので厳密には違うのですが)、つまり大学内での居場所としての実行委員会の良さとはまた別に、大学祭そのものの良さというものがあるのです。自分が陽キャだとは思わないけど、何かを作り上げてたくさんの人に披露したいとか、それを誰かと共有することに実は興味があるのなら、大学祭の実行委員会に入るというのは悪くない選択だと思います。

 当日ももちろん楽しいのですが、準備や片づけがやっぱり楽しいんですよね。それを言い表せる言葉も持たないままに、ずっとその雰囲気を追いかけ続けています。本番は待ち遠しいけど、準備が終わってしまうのは惜しい、早く終わらせないといけないけど、準備も片づけも終わって欲しくないしずっとこの時間にいたいと思えるのは、幸せなことなのでしょう。

 

 さて、サークルでは狂気的なイベントが開催されました。その名も「舞浜ウォーク」です。響きから嫌な予感がしますね。渋谷マークシティを20時過ぎに出発し、徹夜で歩いて舞浜を目指すのです。どうしてこんなことを思いついてしまったのでしょう。

 大学祭を経て見知った顔も増えてきましたが、やはり1年生はまだまだ覚えていない子も多いというのが現状です。特に、女の子はほとんどわかりません。老いぼれからすると、どの子も同じに見えてきます。

 今回は5人いたのですが、その子たちのなんと賑やかなことでしょうか。ずっと楽しそうに話していますし、たまに歌すら挟みます。「その元気、いつまで持つかな」とか思っていたのに、結局は最後まで元気だったのですから恐ろしいことです。

 日付が変わったあたりで、我々は有楽町に着きました。予定ではここのジョナサンで休憩するはずでしたが、そんなに大勢が入れるような余裕はなさそうでした。なので、何人かがカラオケに入って人数を分散することにしたのです。

 カラオケに行ったのは、私と幹部たち、そして1年生が6名でした。女の子全員に加えて、男もひとり混じっています。

 読者の皆さんは、カラオケで食べ物を頼みますか?今日日、持ち込み可なところも多いですし、そもそも高いので私はあまり頼みません。飲み物は頼まないといけないことがほとんどなので、それは頼みますがね。

 なので私や3年生はポテトを頼んで摘むくらいに留めていたのですが、1年生たちはファミレスにいるかのようなペースでどんどん注文していきます。割り勘になると踏んでいるのでしょうか。そんなに空腹ならジョナサンに行けばよかったのにと思います。

 ところで、カラオケといえばヒトの本性が暴かれ試される場としておなじみです。普段聴いている曲や歌える曲をただ入れればいいのではなく、その場の雰囲気に合わせた選曲をしなくてはなりません。さすがにここで『INTERNET YAMERO』を歌う勇気はなく、無難そうな『強風オールバック』を選びました。一方、ある後輩は『きゅうくらりん』を歌っていました。いいセンスです。

 この後輩は、黒いキャスケット帽を被っていました。しかも、このキャスケットには猫耳がぴょこんと付いています。そもそもがかわいいのはもちろんのこと、帽子がそれはもう似合っていたので、無茶苦茶にかわいいのでした。2023年に見たもっともかわいいものはこれで決まりです。

 会計はサークルの長が立て替え、店を出たあたりで私の分を支払ったのですが、ほんの2時間もいなかったのに3000円弱取られた気がします。深夜のカラオケは高いですね。ポテトをひとつ買っただけでこれですから、1年生たちは5000円とか平気で達してそうです。

 街並みは変わり、だんだん水が近づいてきました。橋が増えてきます。ある橋を渡っていた時、1年生の男女が「ひがしくもばし」がどうのと話していて、「これって『しののめ』だよね」と仲のいい1年生にそっと耳打ちすると、「そういうこと知ってるの、オタクだからですよね」と嗜められました。彼らの中で、ここは紛れもなくひがしくもばしですからね。その通りです。

 

 こういう行軍の常として、列は縦に伸びています。もういくつめかもわからない大きな橋を渡っていると、先頭にいた長たちは人数が足りないことを発見しました。そうして、慌てて失踪者の行方を探ったところ、1年生の男女3名が橋の反対側を渡っていると判明しました。

 目撃者の証言によると、道中にあったトイレのために一時離脱したものの、そのあとなぜか別ルートを選択したとのことでした。まだ先は長く、橋を渡り切ったあたりで先行した我々が一時停止し、合流を待つことにしました。

 雰囲気がピリついてくる中、長から本人へ電話が繋がりました。「合流するため待っている」という要件を伝えることには成功したのですが、やがて見えてきた3人はまったく急ぐ素振りを見せていません。

 ようやく到着した彼らに長が「これはサークルでの行事だから、集団行動を心がけてね」とやんわり注意して、再び進軍開始です。ですが、注意された男が「集合行動を乱したことになってるんだ……」と呟いたのを私は聞き逃しませんでしたからね。果たして、反省している人間がこんな台詞を吐くでしょうか。

 

 だんだんと寂しくなる景色の中で、先程の猫耳キャスケットの後輩が『キングダムハーツ』シリーズの話をしました。このシリーズといえば、とかく長命で複雑そうなイメージがあります。

 せっかくなので、この後輩に色々聞いてみたのですが、歴史が長いのはもちろんのこと、その作品のどれもがストーリーと密接に関係しており、「知らなくてもなんとかなる」作品はナンバリングでないものにすらないといいます。つまり、長い長い旅路を最初から辿らなければならないのですね。後輩も、「話のできる相手がいない」と嘆いていました。

 この嘆きに応えられずしてなにが先輩でしょうか。調べてみたところ、どうやらシリーズの全作品がPS4に移植されており、全部買うと2万円くらいかかることが判明しました。

 しかし、その全部がPS plusのエクストラ会員ならプレイし放題*5だといいます。さらに、もうひとつ勧められた『NieR Replicant』もありましたから、さっそくアップグレードしました。大抵のゲームなら*6最初から一般人よりうまくやれるパッシブアビリティを活かす時です。

 まいはまおおはしと共に、ディズニーランドホテルの輝きが見えてきました。我々の旅は、たまにテレビで映る噴水のところで朝5時に記念写真を撮って終わりです。お疲れ様でした。

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 さて、舞浜駅から少し歩いたところに、ユーラシアというホテルがあります。ここは日帰りでの温泉利用もできるので、一晩中歩いた疲れをここで癒そうというのです。 

 イクスピアリの裏を歩いていると、またもや人数が足りていません。しかも、今度は6人もいません。嫌な予感がして調べたところ、1年生が再び失踪したのでした。しかも、今度は「リゾラから日の出を観たいから」らしく、つまり彼女らはここで分岐することになります。

 当然、うち3名は再犯です。疲れ切ったところにげんなりしたついでに、サークルの長は立て替えた分のカラオケ代を貰っていないことを思い出しました。彼女らはとても心優しい人物ですから、こうした所業へ強く指摘するべきか苦悩しているのがかわいそうでなりません。

 以前から問題になっている1年生が別にひとりいて(今回は不参加でした)、その子のことはみんな知っていました。ですから、この代の最重要注意人物は彼女だとばかりみんな考えていたのですが、この11月になってダークホースが出現したのです。

 

 とはいえみんな疲れ切っていますから、早々に温泉へ入りました。ジャグジーや塩サウナもあって楽しいところでした。黄土色に濁った露天風呂から日の出を拝もうとしたら、曇りでした。

 風呂から上がったら、なんとマッサージチェアで寝ることができます。清掃で追い出されるので、どうせ長い間は寝られないだろうからいいかなーと思っていましたが、寝転がったらすとんと寝落ちました。少しして起こされた時には、無事に眠気が尾を引いていましたね。

 シャトルバスが舞浜駅前まで出ていて、そこで解散したのですが、なんだかんだみんなボンボを見に行きました。後輩の男たちと合流し、朝ごはんを食べようとイクスピアリサイゼリヤに向かいます。パークの閉園後に来たのではもう閉店するところですから、あんまり来たことはなかったんですよね。

 解散して舞浜駅に行ったら、電車が止まっていました。プラットホームはとても寒く、温泉で補給した熱がすっかりどこかへ消えてしまったようです。結局、家に帰りついたのはかなり経ってからでした。

 

 この行事に参加したのは今年が最初で最後になりました。もっと悲壮感のある旅になると思っていましたが、当然ながらひどく疲れたとはいえ、心地よい疲労感です。去年の反省からルートを変えてくれたこともあるのでしょうし(何もない区間が本当に虚無だったそうです)、みんなと楽しく話して過ごせたのも大きいでしょう。

 失踪系1年生とはほとんど話せずに終わってしまいましたが、他の後輩とはいっぱい話せましたし、キャスケットの後輩と波長が合うところをさらに見つけられたのは嬉しい発見です。吊り橋効果というやつなのかはわかりませんが、こうした経験を共有することは、仲を深めるいい方法ですね。

 卒業までもう長くはありませんが、残された時間は有効に使いたいものです。とりあえず、『キングダムハーツ』シリーズと『NieR Replicant』をプレイすることとしましょう。

 

 

 

<アルバイト>

 去年だけかと思っていた展望台の開放が、なんと今年も行われることになりました。あの運営にスタッフを労う心があったことにとても驚いています。

 まともに入ればそれなりの金をふんだくられますし、普通では入れない時間帯なので特別感もあります。特に用事もありませんでしたし参加することにしましたが、店舗にいる全5名のスタッフのうち、参加しない者は2名おりました。ひとりはライブがあるらしく、もうひとりは誕生日なので、それぞれ〆業務に出勤できないということがわかりました。

 その誕生日だったのは店長です。ということで、今年も私はせっかくの展望台開放品にレジ〆RTAをすることになったのです。入念に準備と練習を重ねました。

 なぜこんなに急がなければならないのかというと、展望台で提供される無料の軽食と飲み物が原因です。各々がいくつも取っていくからか運営が個数を用意していないからかは不明ですが、去年はすぐに軽食が姿を消し、おしぼりだけが残されていました。第1回である去年の反省を踏まえ、運営が十分な個数を用意しているかが鍵です。

 

 結局、今年も軽食の確保には失敗しました。彼らに期待したのが間違いでしたね。最後の唐揚げが消えるのをこの目で見ました。

 一応、先遣隊(残り2名のスタッフ)がいくらか回収していて、それをわけてくれました。その温かさが骨身に沁みます。責任は運営のみならず複数取った一般スタッフにもあると仮定し、余っていた酒はその分多く貰っておきました。

 このごたごたは置いておくにしても、東京の夜景は綺麗ですね。ディズニーランドホテルや母校を探しましたが見つかりませんでした。皆さんは展望台に登った時や中継で空からの映像が映った時、つい探すものはありますか?

 もうこの時間に入れることはないでしょう。貴重な経験であることには間違いありませんから、なんだかんだいい感じの気分で帰宅したのでした。

*1:結果、僻地キャンパスの出展が間に合わないところも出ました

*2:これは多くの団体で行われています

*3:このサークルでは、コスプレして宣伝するのが恒例になっています

*4:ちなみに一般の学生にとって翌日は振替休日です

*5:いくつか会員のランクがあり、エクストラクラスだとサブスクが使えるのです

*6:音ゲー、クイズ、パズル、アスレチックといったジャンルを除く

懺悔2023

 2023年もおしまいです。今年はいかがでしたか?

 私の2023年は散々な始まりで、人間関係に苦しめられた年だったといえます。今年受けた傷は、生涯抱え続けるのでしょう。反対に、人間関係に起因する喜びもありましたから、それでようやく生きています。とはいえ、穏やかな年はこれが最後かもしれません。来年はかなり忙しそうで、今からちょっと憂鬱です。

 今年、特にその後半は色々なものに手を出しました。TRPG、アイドル、同人誌……我ながら妙な行動力を出したものです。でも、そのおかげで今はそれなりに楽しいですから、来年も好奇心と行動力は持っていたいですね。

 敵だってひとりならずできた2023年ですが、この読者は少なくとも私の味方でしょう。来年もよろしくお願い致します。どうか、よいおとしを。

生存報告: 2023-10

 夏もいつしか終わり、今年の残り時間が気になってくる時期になりました。8月や9月の時点でも年の半分以上が過ぎていることはわかるのですが、でもなぜかあの頃はそんな実感があまりないんですよね。

 もういくらかすれば、私にとって厳しい季節がやってきます。手足の先端が冷え、痛みすら伴う季節です。息を吹きかけるだけでは足らず、より心臓に近い肉の熱を移すしかありません。分厚い靴下を買い、これに一定の効果はありましたが完全にぬくぬくするには到りませんでした。

 このように、季節の移り変わりを感じる要因のひとつは気候みたいな自然です。気温、天気、植物、日照時間といったものの変化で、我々は新しい季節の訪れを感じるものです。ですが、これだけではないでしょう。ヒトの営みにだって季節感はあります。

 それも、クリスマスやハロウィン、正月のような普遍的な行事だけではなく、もっとミクロなところにも季節感のある行事は潜んでいます。新歓の時期になれば春だなぁと感じ、期末試験が終われば夏だなぁと感じ、大学祭が来れば秋だなぁと感じるように(冬はいい例えが思いつきませんでした。やはり冬の訪れを告げるもっとも強烈な便りは手足の冷えです)。

 しかし、これらは来年以降失われてしまうのです。もちろん社会人の生活にも季節感のある行事というのはあるのかもしれませんが、代わりの何かが手に入るかもしれなくても(それも確実ではありませんが)、だとしても慣れ親しんできた何かを失ってしまうことは怖いことです。時間感覚の変化が加速して、ぼんやり働いていたらいつの間にか何年も何十年も過ぎ去っているようなことになるのかもしれないと思うととても恐ろしく感じます。

 時折不思議がられるとはいえ(大方、私が陰キャだからでしょう)、文化祭は私にとって欠かせないものです。これに加え、自由な沢山の時間、大切な同期たち、かわいい後輩たち、彼らとすぐに会える環境、責任の薄い身分、様々な学割料金、そういったものたちがすべてふっと消えてしまうのです。今の私が日々を楽しいと思えている理由たちが、なにもかもなにもかもなくなってしまうのです。

 ある友人だった者は、私が社会に出たがらないのを理解できないと言いました。このことを責めはしませんし、彼女は社会に出てもいい環境にいられているようですから、自身の経験を元にしたのなら理解できる発言です。しかし、今の私にはそうなれる確証が持てないのです。会社がブラックかもしれないとか一人暮らしがつらいかもしれないとかそういうことではなく、社会人としての生活全般において、いずれ失われる今現在に匹敵できるものが見つかるのかが不安で不安で仕方ありません。

 今の私の認識では、社会人になるということは今より高レートの場所に進むということです。背負うリスクが増える代わりに、その分リターンも増えるということです。より責任のあるヘビーな仕事をしなくてはならない代償として、学生時代よりも多くの金を稼げるように。では、もしそのリターンを得られなかったら?負担だけ増えて、今あることと同じくらい楽しめることがなかったら?自由時間はなくなって友人も消えて、それだけで終わってしまったら?

 刻一刻と迫る卒業は、この恐怖と向き合うことでもあります。いざその時になってみればなんてことはないのかもしれませんが、そう思ってみてもこの恐怖は消える兆しが一向にないのでした。

 

 明るい話でもしましょうか。実は今月、はじめてシーシャを吸いました。

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 薄暗い店内に煙が充満する様子は、いい感じに退廃的です。酒と合わせると、酩酊にも似た状態へと突入できます。思っていたよりけっこういいものでした。これに連れて行ってくれた後輩には感謝ですね。

 個人的には、水タバコというとジャバ・ザ・ハットが思い浮かびます。店内の雰囲気も、あの宮殿に似ていましたね。次の目標は、店員のお姉さんくらい濃い煙を長く吐けるようになることです。

 

 

 

 

<学校>

 1年でもっとも忙しい1週間が到来しました。そう、大学祭です。

 執行代はとっくに3年生に移っていますが、我々4年生は労働力として参戦できます。もちろん義務ではありませんが、どうしてこんな機会を逃すことができましょうか。本祭を週末に控えた週は、各員が授業の合間を活用して準備に勤しんでいました。来られる人は来てね、というような雰囲気ではありましたが、こういう時の人手はいくらあってもいいものですから、私も微力ながら手伝っていました。結果、毎日いました。

 もちろん、今年のことについてもっとも詳しいのは現指導者層ですから、我々は専ら馬力を提供することになります。ちょうど、タイタンみたいなものですね。

 前日までの準備はいくらでもあります。毎年不思議なのは、とても終わるようには思えない量の仕事をとても終わるようには思えない人数がとても終わるようには思えない速度で処理しているのに、なぜか無事終わることです。

 今年も教室点検*1や物品の移動を手伝っていましたが、ふと気づくと倉庫の整理をしていました。倉庫はまったく別の部署の領分なので、下級生の指示に従ってひたすら物を動かします。

 管理番号の付与作業もありました。大学の備品には「長椅子①」のように書いた養生テープを貼っておき、これでどこでいくつ使うかを把握しています。もしどれかが行方不明になったとしても、どこの企画や団体で使っていたかがわかれば探しやすくなるはずです。

 倉庫から思い机や長椅子を運び出し、番号を付与してから元に戻します。やはり単純ながらかなりヘビーな作業で、この領域を担当する総務局への尊敬の念が芽生えました。私以外はほとんどがこの総務局のメンバーでした。

 一方でひとり同じ広報局の女も混じっていて、彼女へはワインレッドのヘッドホンを首にかけるセンスに尊敬の念を抱きました。いいセンスです。

 作業が終わったあと(なぜかうまくいったので、3日間かける予定の作業がこの1日で終わりました)、総務局の2-4年が話し込んでいました。参加団体への対応や業者の誘導は私にとってまったくの未知ですからその間手持ち無沙汰になり、同じような様子だった1年生と話しました。去年までのことを知らないという点なら、1年生は私と同じような感じですからね。

 彼女ははじめてできた1年生の知り合いとなりました。顔を完全に覚えるまでにはまだかかるでしょうが、名前は早くも覚えられました。同じ局ではなく違う局の1年生が最初になるとはちょっと奇妙な感じですが、局の境を越えた縁を築けたのはとてもいいことです。

 なお、スーツで登校した日があったのですが、その時に1年生の女たちから「ホテルの総支配人みたい」と言われました。友人からの「マフィアみたい」、職場の店長からの「若社長みたい」に引き続き、私のスーツ姿形容コレクションがまたひとつ増えました。褒められてるんですよね?

 

 私は特別な役職に就いているのではありませんし、突出した能力や長所を持ってもいません。ですから大学祭の中でさえ存在意義は非常に希薄なのですが、ひとつだけ存在意義を発揮できるシーンがあります。それがテントです。

 テントといっても、キャンプ用のものではありません。運動会で使われるようなもの、といえばわかりやすいでしょうか。あれのようなものを、大学祭ではあちこちで使います。出店はもちろんあれの下で営業しますし、福引もこのテントを使います。

 これまで私は幾度となくテント設営に立ち会いました。その結果、テントの設営に関する知識と作業を指揮する経験だけは人並みになったのです。なので、今年も準備期間は福引のテントの現場に向かい、設営を指揮していました。脚を組み、天幕を張り、骨組みを持ち上げるという一連の作業には、全体の状況を見つつ指示を出せる者が必要ですからね。

 ところが、なぜかパーツが足りません。よく調べてみると、我々が使うのは6脚テントなのに4脚テントのパーツが代わりに届いていたことが判明しました。総務局の備品担当に問い合わせましたが、「その間違ってたのを倉庫まで持ってきて、正しいパーツを持って帰れ」との返事でした。今回は我々に落ち度はないはずですが、どこも忙しいですからね。

 テント立てを指揮している間だけは、自分に存在価値があるような気分になってきます。これも私がここで過ごした経験のおかげ、それらの結晶と思う一方、この程度のことはどうせ簡単な動画を観れば誰にでもできるのだし、誰か(特に後輩)を動かすことで気分よくなるなんて最低な人間だなとも思います。

 

 当日、まだ暗い時間に起き出して登校します。今年はきちんと起きられました。しかし、集合写真を撮ったかと思えば、すぐに仕事の時間です。

 去年のシフトの内容を覚えていますか?正直、仕事自体はあまり楽しいものではありませんでした。誰もいない教室や学校ですらない駐車場を見張ったり、ゴミ捨て場で分別を促したりといった孤独な業務ばかりでしたからね。そのひとつ、僻地特有の店舗付属駐車場で大学祭への来場者がいないかを監視する業務は今年もありました。

 初日の頭からこれでしたから、最後の年の開会礼拝*2というものには出られませんでした。別に強い思い入れがあったのではありませんが、今回はあらゆるものが惜しくて尊いように思えてきます。みんなが礼拝堂で寝ている間、私ともうひとりは駐車場でぼんやりしていました。

 しかし、去年からは状況が大きく改善されていました。まず、誰もいない教室で何かを見張る仕事は消えました。また、都会のキャンパス側の実行委員会との提携により、彼らが応援として派遣されてくるのですが、ゴミの見張りや駐車場での監視に彼らを多く充てたため、我々の負担はかなり減っていたのです。

 少なくない数の学生が4年間の間に1回も行かないであろう僻地に派遣されて、こんな虚無みたいな仕事をすることになる彼らには同情するばかりですが、我々としてはたいへん助かりました。次は、この仕事自体をなくしてみてはどうでしょう。

 

 さて、企画局は当日に向けて様々な企画を準備して、当日はその企画の進行をします。総務局はよくわかりませんが、おそらく備品の管理や参加団体および業者への対応を行っているのでしょう。一方、広報局の普段の仕事は宣伝やそのための作業が主ですから、言ってしまえば当日は仕事がないのですね。

 パンフレット班ならパンフレットを配布する受付、動画制作班ならその材料のための記録といったように関連する仕事は一応あって、それを任せられる傾向はあります。しかし、対外部でのそれにあたる福引企画*3にはなぜか今年も入れて貰えませんでした。

 その代わりに配属されたのが環境企画というところです。毎年、環境保護やエコを訴えるための企画があるのですが、今年はペットボトルを用いた工作でした。工作に用いるペットボトルは学生から集めたリサイクル品ですから、ここでエコを呼びかけているという訳です。

 この企画の責任者は、同じ広報局の後輩でした。しかし部署が違うのであまり話したことはなく、今回の企画で初めてじっくり話したように思います。向こうはきちんと私の名前を覚えていましたから、とても申し訳ないです。こういう状況でうまく誤魔化してあとから名前をそっと知りやり過ごす術ばかり覚えている気がします。

 もうひとり、こちらは総務局に所属する2年生の後輩もこの企画にいました。彼女とは初対面のはずでしたが、自己紹介をするとなぜか私のことを知っているといいます。総務の知り合いは4年生の男とつい数日前に知り合った1年生くらいしかいませんし、もしかしてまた酒の噂でしょうか。

 そう思ったのですが、事情を聞いてみればまったく違っていました。対外部にいる2年生の後輩のひとりとこの総務2年は仲がいいそうです。当然ながら対外2年と私は知り合いなのですが、彼女はこの総務2年に私が優しい先輩だということを何度も話していたといいます。それで私の名前を知っていたのですね。

 

 今年にあったあらゆる事象の中でもぶっちぎりに嬉しい出来事でした。内定が出たことを知った時ですら、この幸福には敵いません。常々、私はよき先輩であれと心掛けていますから、それが報われたようで本当に嬉しかったのです。

 私は仕事がものすごくできるのではありませんし、強いカリスマや個性があるのでもありません。後輩のことは大事に思っていますし、せめてできることをと思って積極的に関わったり優しく接したりしようとしていますが、彼らからもそう思って貰える程自分が上等な存在だとは思えないでいます。同期がひとつ上の先輩に示しているような愛と関心を、私も受けられるとは思えません。

 いつも存在感や存在意義のなさを感じていましたから、私をそう自分の中に置くくらい慕ってくれている誰かがいること、それがかわいい後輩であったことがただただ嬉しくて嬉しくてどうにかなってしまいそうでした。もう何だって捧げられますね。

 

 今回のメインのシフトはこの環境企画というところでした(なお、対外部の2年生の後輩は福引企画にいました)が、その他にも2つシフトがありました。

 ひとつは、去年もあったステージでの撮影規制です。ステージではいくつものグループがパフォーマンスをするのですが、その中のいくつかは撮影を規制するよう要求しています。基準はわかりませんが、中でもいくつかいたチアはたぶん全団体が撮影規制を要求していました。事前に申請した関係者のみ撮影が認められます。そして、その監視をするのが我々委員ということです。メインはステージ企画の担当部署なのですが、臨時増援として別の部署の人々が派遣されます。

 やることは単純で、「関係者以外撮影禁止」の看板を掲げながら巡回し、撮影してる人を見つけたら許可のあることを示す腕章の有無を確認します。腕章があればよし、なければ撮影を止めさせるのが仕事です。

 ここまではいいのですが、関わるのがステージでのパフォーマンスである以上、トラブルが付き物です。スケジュールより押すのがだいたいですね。今年は撮影を止めさせようとするとリストバンド*4を示されるということもあり、やはりヘビーな業務となりました。来年からは撮影規制料金を徴収しませんか?

 なお、私は律儀に毎回参加したのですが、ちょうど上述の2年生の後輩も徴兵されていました。しかし、彼女は福引企画の責任者であったので、「ちょっと今忙しくていけないんだけど大丈夫そうですか」という電話を寄越していました。実はちゃんとした出席を取らないので、「たぶん来なくても気づかれないし何かあったら対応しとくよ」と返しておきました。責任者をここに使う必要はないと思いますし、その分一般人の私が働けばいいだけの話ですからね。

 このように面倒な仕事ではありますが、ステージを一般来場者では無理な角度や距離から観られるという役得もあります。これに加え、ステージ企画担当者から感謝された時はまあやってよかったかなという気分になりましたから実にちょろいものです。

 

 ステージといえば、今年は初めて明確な目的を持ってステージ企画を観に行きました。同期のひとりが所属している、アイドルコピーダンスユニットというものを鑑賞するのです。

 普段、アイドルグループの曲くらいはたまに聴いてもライブを観ることはありませんし、そもそも特定のアイドルを観ることがありませんでしたから、彼女らのダンスが合っているのかとかはわからないのですが、それでもパフォーマンスは楽しめました。次々に主役?が入れ替わり、ただ綺麗な動きをするだけではなくストーリー性のあるような動きを展開していくのはアイドルならではという感じがしました。

 もうひとつ印象的だったのは、最前列でコール?をひとり展開しているオタクがいたことです。アイドルオタクというものを初めて見たと思います。たったひとりで堂々と大声を上げ続ける様は尊敬に値するでしょう。

 演目が終わったあと、友人は写真を一緒に撮ってくれました。この友人も私と同じ4年生ですから、もうあと数ヶ月で引退してしまいます。もっと早く知って観に来るべきだったと強く思います。せめて残る公演はコンプリートしたいものです。

 

 もうひとつの仕事も、これまた厄介でした。上述のアイドルがパフォーマンスをしたのとはまた別のステージが存在し、そこでは実行委員会による企画が開催されていました。その中に三つ巴の対決企画というものがあったのです。

 これは、実行委員会によるヒーローショーの演者チーム、コラボしている他大学*5の大学祭実行委員チーム、そして適当にそこらへんから連れてきた一般来場者チームにいくつかの競技をやらせて、その特典を競わせるというものです。主な進行は本職の連中がやりますが、我々はいくつか雑用を任されました。

 しかし、企画開始の40分前に来て欲しいという通達が前日に突然あり(しかもその時間は貴重な自由時間でした)、ちょっとした説明のみでリハーサルもなしに本番です。人や時間が足りないのはわかりますが、何も知らないところに送り込まれる身にもなって欲しいものです。しかも、私の役はクイズ中のお題や問題を掲げる役ですから、思いっきりステージの上に立たなくてはなりません。せめて事前に了承を得ませんか?

 どうにか大きな失敗をすることなく終わりはしましたが、どう考えても配役ミスです。進行をよく知っている者を目立つところに置いて、雑用要員はカンペとか簡単な機械の操作とかそっちに回すべきでしょう。これはこれで未知の経験でしたから、すべてが悪かったとまでは言いませんが。

 

 こんなのをしているうちに、最後の大学祭も閉会が近づきます。福引は閉会間際がもっとも混みますから*6、その前にとハーゲンダッツを買い込んで差し入れに行きました。環境企画の後輩たちの分も買って、これは私も一緒に食べました。素直に喜んでくれる様子の、なんと尊く心が洗われることでしょうか。

 叶うならこのまま彼女らと環境企画の片付けをしていたいところでしたが、私は別の場所を担当するシフトになっていました。ここに力は必要ないでしょうし。

 片付けのシフトは、以前タグ付けを担当した机や長椅子たちのいる倉庫でした。参加団体が次々に運んでくる備品の番号を確認し、倉庫へ運び込みます。前回よりも人数が少なかったことや足りない番号が確認されたことにより時間はかかりましたが、どうにか完了しました。

 食べ損ねた朝ご飯を食べていると、近くにある別の倉庫から救援要請が届きました。ここも備品の倉庫で、A型看板*7やテントのパーツ、ホワイトボードなどが収められています。

 ここで引き続きこうした備品の受け取りおよび確認をすることになったのですが、これがかなりヘビーです。ほとんどのものがかなり重いのに加え、品物の数も多いため狭い倉庫でパズルをしなくてはなりません。前のものをちょっとどける訳にもいかず、普通にやれば通らない幅の通路でスイッチバックのようにしながら(使い方合ってますっけ)ホワイトボードを動かしたり、やむを得ずさっき入れたものをすべて動かしてスペースを作ったりということをしていました。

 こうしてどうにか撤収作業は終わり(これはあくまで今日だけの話であり、後日総務部が今日しまったものたちを引っ張り出し、番号を剥がすそうです)、代替わりの儀が始まりました。この儀式は、第1部の「思い思いに写真撮ったりお疲れ様言い合ったりする時間」、第2部の「現執行代による締めの挨拶」、第3部の「挨拶が終わるや否や始まるちょっと待ったと割り込んだ次代の執行代による労いスピーチ」、第4部の「再度思い思いに写真撮ったりお疲れ様言い合ったりする時間」と4部構成で進行されます。

 この空間にいられるのも最後かと思うと、感慨深いものがあります。こういうときはもうちょっと涙脆いタイプだったらよかったのにと思います。何人かとはツーショットを撮ってもらいました。

 大勢の人たちとお祝いをするのはとても楽しいものです。達成感を通じて誰かと繋がることの、なんと尊いことでしょう。BGMに『Victory Celebration』を流したいところでした。

 

 儀式が終われば、いよいよ打ち上げの時間です。仕方のないことですが、今年は4年生たちだけで開催されました。

 1次会は、広報局と企画局で行われました。最近になってやっと総務局には知り合いが増えてきましたが、企画局とは依然として接点がないままでした。結果、この日になって初めて話した人がいる始末です。まあ、知り合えたからよしとしましょう。

 総務局がこの場にいなかったのは、彼らの多くが大勢での宴会を望まなかったからだそうです。それでも、その一部が2次会に参加しました。2次会といえばカラオケばかりでしたが、今回は朝まで開いている居酒屋です。

 時が経つにつれてだんだん混沌が極まってきましたが、ふと気がつくと約2名が姿を消しています。これが男女であったことから、我々は議論を始めました。すなわち、「こんな時間にふたりで抜け出したんだからお持ち帰りしたに決まってるよ派」と「あいつはそんなことする奴じゃないよ派」の戦いです。寝ていたはずの者すら起き上がり、熱弁をふるっています。結局、真偽は不明のままでしたが、当ブログではこの顛末を注視しています。

 朝4時というなんとも中途半端な時間に店が閉じたので、1時間くらい駅前で寒さに晒されていました(この間も議論は続いていました)。とうとうやってきた眠気と寒気に苦しみながらも、やっと来た電車に乗り込むと、ちょうど同じように二次会を終えたところの後輩とエンカウントしました。彼とは方向が同じだったので、一緒に帰ることにしました。

 ところが、目覚めると知らない駅です。いえ、よく考えると名前は聞いたことがあるような気がします。それもそのはず、私は終点にまで流されていたのです。帰りに寝てしまうことばかりはどうにもならないままでしたね。というか、去年はなぜか家の近くまでは辿り着いていましたから、むしろ退化しています。

 

 

 

<アルバイト>

 閉店した支店からやってきたメンバーは、すでにずいぶんと馴染んできたようです。扱う商品や業務内容は一緒ですし、違うことといえばせいぜいが施設くらいですからね。

 しかし、ひとりだけはまだ働き始めていないようでした。ダーウェントによると「家庭の事情」だそうですが、つい先月まで働いていたのにいきなり働けないとは一体何があったのでしょう。理由は不明ながら、結局私の労働時間はあんまり変わらないのでした。卒論って知ってますか?

 来月はスタッフ向けのイベントがあり、希望する者は誰でも参加できます。ちょっとした立食パーティーのようでもあり、タダ飯とタダ酒である以上私は当然参加するつもりでしたが、公開された11月のシフトのその日には私の勤務が入っていました。もちろん締めです。

 在籍中のスタッフの中で、今回のイベントに参加するのは私を含め3名であると聞いていました。その中にダーウェントは含まれていなかったはずですから、ダーウェントが締めに入るものとばかり思っていました(閉店と同時にイベントが開始されますから、そこから締め作業をしていたのではイベントに遅れるのです)。ましてや、参加すると表明しているスタッフを置くとは思いもしませんでした。

 なのに私を締めに置いた理由、それはとても単純なものでした。「自分の誕生日で早く帰りたいから」です。年に一度のパーティーの日は、店長が恋人と楽しく誕生日を過ごしたかったので締め作業RTAを強いられることとなったのでした。 

 

 

 

<フォートナイト>

 コラボに対してのアグレッシブさとそのセンスにおいて定評のあるフォートナイト。今月は、なんとジャック・スケリントンとマイケル・マイヤーズが登場しました。

 フォートナイトのスキンは基本的にセットとなっており、本体のスキン、ツルハシのスキン*8、グライダーのスキン、背中のスキン、武器や乗り物のスキン、エモートなどを含めてひとつのセットとされます。どれかが欠けているとか複数あるなんてのはよくある話ですが、要はひとつのモチーフからいくつものアイテムが作られているということですね。

 今回の両コラボでは、エモートが特に秀逸だったように思います。悪ガキたちのバスタブに乗ってハロウィンタウンのテーマを流すものと、ピアノでハロウィンのテーマを演奏するものです。隠密中など、暇な時に好きな音楽を聴けるのは嬉しいですね。

 今回のコラボも大満足でした。そろそろジョン・ウィックにも帰ってきて欲しいものです。

 

 

 

<トロピコ5>

 ずいぶん前にEPICの無料配布で手に入れた『トロピコ5』ですが、今月はPS4のフリープレイで配布されていました。しかも、今回配布対象なのはDLC全部入りバージョンです。

 久しぶりにサンドボックスモードをプレイします。トロピコ5は植民地時代、世界大戦時代、冷戦時代、現代と時代がわかれており、時代が進むにつれて新しい要素がアンロックされたり違うイベントが発生したりします。建築物もそのひとつで、いきなり原発や核ミサイル施設は建てられないように、時代を進めるごとにだんだん建てられるものが増えていきます。今回は、DLCで追加された建物で面白かったものを紹介しましょう。

 まず、カキ養殖場は最初から建てられる上に無尽蔵の金を産み出してくれます。島を囲む海には魚群という資源スポットがあり、魚をここから獲れるのですが、魚がいなくなると個体数の回復を待たなくてはなりません。カキ養殖場もこの魚群を必要としますが、魚を減らすことはないので置いておけばそれだけでいいのです。

 同じDLC「ウォーターボーン」からは、水上マンションも重宝しました。このゲームの水上はかなり広く、そこに住宅を置けるのは助かります。

 一方、「スパイ大作戦」からは情報省が便利でした。まずデザインが最高です。いかにもディストピアという感じがして、存在するだけで自由度が低下するのも頷けます。朝起きてこれが窓の外に見えるような生活では、心が休まることなどないでしょう。効果も強力で、存在するだけで反体制派の攻撃や暴動を阻止することがあります。

 また、スーパーコンピューターは電気さえあれば選挙の度に3票をプレイヤーに投票してくれるという能力を持っています。つまり、いかに悪逆無道な為政者となろうが、民主主義に則った独裁者として君臨し続けられるのですね。有権者数を調整してスーパーコンピューターをいくつも作る必要はありますが、夢に溢れた話です。

 やはり、こういったゲームのDLCは楽しいですね。戦略的な価値を持つ要素がアンロックされることも多いですから、触れる前には戻れなくなってしまいます。でもこうしたDLCは大抵いっぱいありますし、バンドルを使ったとしても全部揃えようとすればかなりの値段になるものです。下手したら本体の値段超えますからね。悩ましいところです。

*1:使う教室の状態や傷を事前に記録し、冤罪をかけられないようにするための業務です

*2:意義はよくわかりませんが、当日の朝にわざわざ貴重な時間を割いて眠くなりに行く行事です。委員のほとんどに加え参加団体代表の出席が強要されるため、当然ながら嫌われています

*3:これまでに集めた協賛物品は各企画の景品や参加団体への配布に回されますが、自分たちでもこの福引企画という使い道を持っています

*4:事前の情報がなく、ステージ企画部署の担当者ですら存在を把握していなかったという今も未知の存在です

*5:賢明なことに、今年は去年と違う大学とコラボしていました

*6:実行委員の企画を回ったりアンケートに答えることで参加できるため

*7:大きめの木製看板

*8:他のバトルロイヤルでいうところの素手に相当しますから、スーパーレジェンドみたいなものです

タイツ濾しコーヒーの世界

 みなさんこんにちは。今回は、タイツ濾しコーヒーについて学んでいきましょう。

 

 

 

 

 

1. コーヒーの成り立ち

 タイツ濾し飲料を語る際、やはりコーヒーは外せません。コーヒーとは、コーヒーノキの種子を焙煎して砕き、さらにその粉末から湯や水で成分を抽出することで作られる飲み物です。よく見るインスタントコーヒーは、この液体を粉末化したものですね。

 なぜ人類がコーヒーノキの有用性に気付いたのか、これには諸説あります。ひょっとするとみなさんはカルディ少年とヤギの伝説をご存知かもしれません。実はこれ以外にも、世界には聖職者オマールや律法学者ゲマレディンがコーヒーの発見者として提唱されています。いずれにせよ、彼らはコーヒーノキの赤い種子に奇妙な効能があることを発見したのです。

 以後、人類はコーヒーの文化を発達させていきました。13世紀頃には種子を粉にするようになり、さらに1510年頃には世界最古のコーヒー店がカイロに出店されました。1652年になると、パスカ・ロゼがロンドンに最初のコーヒーハウスをオープンさせています。店主のロゼは貿易商ダニエル・エドワーズがトルコから連れてきた人物でしたが、彼の淹れるコーヒーが評判となったため、オープンに至ったのです。

 なお、この時代のコーヒーはターキッシュ・コーヒーという方法で飲まれていました。これは上澄みだけを飲むという飲み方で、現在でも中近東などで親しまれています。ですが次第に、液体に混じる豆の滓を除去する手法が求められました。そうして発明されたのが、豆の粉末を麻袋に入れる方法です。ドリップの際にフィルターを使おうという考えに至ったのですね。これなら、液体や成分だけを抽出することができます。

 フィルターも次第に発展していきました。袋を短くしていく試みの末、1908年にはドイツのメリタ・ベンツが紙製のフィルターを発明しました。手軽な濾過の手段が確率されたということですね。世界各国で機械化や新技術の開発は進み、現在では全自動でコーヒーを淹れてくれる機械もあります。豆そのものを食べたり上澄み液だけを飲んでいた時代からすると、ずいぶん様変わりしましたね。

 

 

 

2. タイツの成り立ち

 コーヒーと同じように、タイツもまた奥深い歴史を持っています。なお、タイツ濾し飲料には同じタイツ類に属するストッキングもよく用いられますが、材質や厚みによって区別されます。本稿では、広義としてのタイツ(狭義としてのタイツとストッキングを含みます)を扱うものとします。

 中世ヨーロッパに存在した初期のタイツは、現在のそれとはかなり異なっていました。かつてはショースもしくはホーズと呼ばれており、これが今日のタイツの元祖であるとされています。このショースは主に男性用で、階級や用途に応じて様々な形状や素材のものが存在しました。時代の移り変わりに応じてショースも変化していきましたが、16世紀にはバ・ド・ショースとオー・ド・ショースに分離しました。前者がのちのストッキング、後者がのちのキュロットとされます。

 やがて、19世紀のフランスで舞台衣裳のストッキングが発明され、1937年にはウォーレス・カロザースによるナイロン製ストッキング、続く1963年にはパンティストッキングが発明されました。その後、世界にこうしたストッキングは伝播し、我が国にも輸入されました。海を越えてやってきた当時は稀少で高価な品でしたが、耐久性や量産性が大幅に改善され、ブームを起こすまでに至ったのです。そして現在では、こうして一般的な衣類として親しまれています。

 

 

 

3. コーヒーとタイツの出会い

 では、どうしてコーヒーとタイツは出会ったのでしょうか?なぜタイツをコーヒーのフィルターにしようと考えた者が現れたのでしょうか?

 残念ながら、この問いへの正確な答えは今なお明らかになっていません。文化として存在していたことはわかっている一方、詳しい起源となると情報が圧倒的に不足しており、学者たちも特定には至らずにいるのです。残されている文献が不自然に少ないため、愛飲者たちが意図的に情報を残していないのではないかと指摘する学者もいます。

 現在、学会でもっとも有力視されているのは、カニバリズムの変化した姿なのではないかとする説です。大航海時代、ヨーロッパ人は食人族たちと遭遇しました。この報告は悍ましいものとしてヨーロッパ社会に迎えられましたが、この「よいものを取り込んで自分の一部とする」という考え方は一部のヨーロッパ人に刺さり、この欲求が時を経て文明社会で姿を変えたのがタイツ濾し飲料であったというのです。

 いくら女性を求めたところで、文明社会で人を食する訳にはいきません。そこで考案されたのが、衣類を介して女性を摂取する方法でした。この発想は非常に多くの分岐を生み、簡易的な手段である同じものを身に付けるというアンサーを導き出した者たちによって、女装したりパンツを被ったりする文化が生み出されました。

 一方、麻袋の代替品を探す中でタイツが試みのひとつとして用いられた時期があり、効率の見地からは失敗に終わったものの、着用済みのタイツを用いることで別の価値を持たせることができるのではと模索が始まりました。これがコーヒーとタイツの出会いとされています。

 当時はあくまで貴族や物好きが嗜むのみに過ぎませんでしたが、技術の進歩によってストッキングが手に入りやすくなったことで、再度タイツ濾し飲料の文化は世に広まりました。現在では、より淹れやすいものが簡単に手に入りますから、ここに人類の進歩を感じますね。

 

 

 

4. タイツ濾しコーヒーの淹れ方

 ここからはタイツ濾しコーヒーについてさらに詳しく見ていきましょう。

 ご存知の通り、タイツをコーヒーを淹れる際のフィルターとして用います。ですから、豆はもちろん使用するタイツが味に深く関係してくることはおわかり頂けると思います。では、どのようなタイツを使えばいいのでしょうか?

 上述したように、同じタイツでも厚さや材質が異なっています。ですが、初心者から熟練者までストッキングが幅広い層に根強い人気を誇っています。狭義のタイツはストッキングより厚いため抽出に時間を要しますし、不透明ゆえに難易度は高めだとされていますから、まずはストッキングを使って慣れていくといいでしょう。

 次に重要なのは、タイツをどのように用いるかです。もっともオーソドックスなのはタイツ全体をまんべんなく用いる手法です。これは難易度も低く、タイツの形がそのままフィルターとしての機能に直結しているため、手間もかかりません。1本のタイツを余すことなく堪能できることから、入門にも適していると言えます。

 あえてタイツの一部分のみを使用する手法も存在します。こちらは比較的新しい手法であり、器具による補助を必要とする点、タイツをタイツとしてではなく単なるフィルターの代用品として扱う点から、最初は異端視されていました。しかし、その奥深さが知られるにつれて評価は変わり、現在では広く受け入れられています。

 こちらの手法の最大の特徴は、コーヒーの味に指向性を持たせられるという点に尽きます。一般的なフィルターではなくタイツを使って濾すことで味により深みが出ることはご存じの通りです。ですが、部位を限定して使うことにより、さらに酸味や苦味、コクといった味の要素の中から特定のものだけを選んで伸ばすことができるということが最近になって判明しました。

 一般的に、爪先を使えば酸味が、踵を使えば苦味が、ふくらはぎを使えばコクが、ふとももを使えばまろやかさが向上します。より稀少な部位だと、ランガードやクロッチが知られていますね。手間はかかりますが、二度濾しによりさらに味の可能性は広がります。作り手の好みや技量によって自由に表現できることが、人気の理由といえるでしょう。

 余談ですが、ジュースを作る際にもタイツはよく使われます。大きいフルーツならタイツ全体を、小さいフルーツなら部位を限定して使うと便利です。そのまま両の手で絞れるというのはタイツ独自の強みですね。

 

 

 

5. おすすめのタイツ濾しコーヒー専門店

 最後に、いくつかおすすめのタイツ濾しコーヒー専門店を紹介します。

 1軒目は、東京は銀座に店を構える「足袋人」。創業75年を誇る老舗で、地下に潜ると重厚感溢れる落ち着いた雰囲気の内装が広がっています。店主の中澤さんが代々受け継いだ技術によるタイツ濾しコーヒーは絶品で、政財界や芸能界の大物もこよなく愛するといいます。初代店主はアメリカ人に弟子入りして腕を磨き、戦後間もない日本を元気付けたい一心で店を開いたそうです。

 2軒目は、表参道にオープンした世界を席巻する大人気コーヒーハウス「WIDOW MAKER」の旗艦店です。タイツ濾しコーヒー界を牽引する超大物が、満を辞して日本へ初上陸しました。世界各地で大人気なおなじみのメニューに加え、日本限定メニューも続々開発されており、月ごとに変わる限定フレーバーを求めて連日長蛇の列ができています。

 3軒目は新進気鋭の「俺のストッキング」。若者をターゲットとして開店した新しいタイツ濾しコーヒーハウスで、着用者本人が着用したままアイスコーヒーを淹れてくれるパフォーマンスや見た目が華やかなメニューなど、現代らしくSNS映えを意識した方向性が大きな特徴です。もちろん味も妥協しておらず、店を構える原宿の若者を中心に人気を伸ばしています。コラボカフェとしての展開にも意欲的で、今後が楽しみなタイツ濾しコーヒーハウスといえるでしょう。

 

 

 

6. まとめ

 いかがでしたか?タイツ濾しコーヒーのおおまかな歴史しか語ることはできませんでしたが、この奥深さを少しでも感じて頂けたのなら幸いです。もし興味があれば、ぜひお近くの専門店へ足を運んでみてくださいね。ご家庭でチャレンジしてみるのもおすすめです。

 最後までお読み頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※本稿は不正確な歴史認識に基づいており、だいたいフィクションです。

生存報告: 2023-9

 夏休みもおしまいです。この夏は楽しく過ごせましたか?私は⋯⋯どうだったでしょうか。楽しさと苦しさの落差が大きく、その波に揺られていたような気分です。夏っぽいことをするのには失敗しましたが、まあ無為に過ぎることだけは回避できたと思います。ずっと何か重いものが裡にあるのは今に初まったことではありませんし。

 

 母校の学園祭に行きました。こちらも今年は制限なく入れるようになったようで、そこはよかったですね。当時の担任の先生や科目担当の先生にも会いに行きましたが、もっとも驚いたのはすべてが電子決済だったことです。

 高校の学園祭で電子決済とは、ずいぶん進んでいる気がします。コミケのようなところで電子決済ができるだけでも珍しいなと思うのに、ましてや高校です。しかも、どこかのクラブや委員会主催企画だけがやっているのではなく、全体としての方針で決まったのであらゆる場所での決済が電子決済オンリーなのです。校門では、委員が「校内ではチャージできません、他のところで事前にチャージしてきてください」と呼び掛けていました。

 少なくとも弊学は大学でさえ未だに現金オンリーなのに、ものすごいことだと感心しました。いつかの信念はどこへやら、急速に現金を使わなくなっている私からすればありがたい部分もありますが、世間は急速に変化しているものですね。

 

 東京ゲームショウにも久しぶりに行きました。最後に行ったのは確か2015年、前作のSWBFが発売される頃だったと思います。あの時はグラブルもかなり大きなブースを出していましたが、あれ以降出してくれませんね。

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 二ディガのブースで買い物を済ませ、会場内を周りました。BBポッドを見て、『まつろぱれっと』の移植版に並び、MGSブースで!マークのサンバイザーを貰い、知らない中華ソシャゲの体験版を遊びました。大手のブースの整理券は到着した時点でもうありませんでしたが、それでも結構楽しめるものです。

 もうこれで5回目になる等身大超てんちゃんの写真も撮りました。その近くにあった小さなブースに最後入ったのですが、ここのゲームが面白そうでした。サイバーパンクっぽい世界観で店を経営するようですが、表現が3Dドットなのです。このちぐはぐさが刺さりました。タイトルは『Nivalis』というそうです。発売が楽しみですね。

 

 私が抱え込んでいたのが悪意や敵意だけだったのなら、こんなに混乱して苦しむことはなかったでしょう。もう何もかもがわからなくなり、どれを信じるべきかも不明なままです。平和への希望を見出したい気持ちと、過去の齎す恐怖とがせめぎ合っています。求めていたはずの手が差し出されたように見えるのはただの幻覚で、私が手を返してもいい結果にはならないのではないかと。そもそも、私はメッセージを受信してもよかったのでしょうか?

 しかし、何かを受け取ったのならお返事をしなくてはなりません。もう少しで私の答えもできあがるでしょう。ひとつだけ言えることは、私はいつでも手札をすべて公開するということです。もう読む価値もないと断じられている以上、ここに書いたところで無駄でしょうから、この段落はただの自己満足ですね。

 

 ところで、『このテープ持ってないですか?』という番組を観ました。もうとっくにダメですという気分になれたのでおすすめです。

 

 

 

<学校>

 月の前半には実習がありました。詳しい内容を書くと実習先に特定されそうなので差し控えますが、読者諸兄ならおおよその推定はできているでしょう。資格に関することです。

 他の大学から来た2名と一緒になることは聞いていました。当日やってきたのは女が2名で、3年生と4年生です。片方などは徒歩5分のところに住んでいるとのことで、弊学とはかなり違う*1ことが早々に明らかとなりました。

 実習は9-17時を8日間行います。ほぼ社会人と同じですから中々にヘビーですし、しかもこれやってるの夏休みですからね。ただでさえ短い弊学の夏休みをさらに短くしています。給料くらい出ませんかね。

 実習中はあたりまえといえばそうですが、未知の経験ばかりでした。以前授業で習ったことが実際の現場で使われているのを見るのも新鮮でしたし、授業やレポートで使うくらいだった知識を自分で使うのもはじめてです。現職の方から話を伺えたのもいい経験になったと思います。

 ところで、この実習先に最初に実習を申し込んだのはこの女たちの大学で、実習先はそれを受け入れました。次に他のところからも申し込みがあったのですが、それは断ったそうです。一方で、さらにそのあとに来た私は受け入れてくれました。不思議ですね。ちなみに、私の担当の教授は少し前までこの実習先で偉い人をしていました。閑話休題

 日々の業務の手伝いと講義(といっても会議室で現職の方にお話してもらう形式です)が繰り返され、実習は進んでいきました。女2名も案外親しみやすいタイプで、積極的に話しかけてくれます。属性は地雷系ギャルとでもいうのでしょうか。文化圏が同じなのか違うのかよくわからないままでした。

 途中、2日間だけ別の支部に行くことがありました。私と女たちは別の場所です。そちらの方々も優しく教えてくれましたし、本部との違いも沢山ありました。私が行ったところは最古の建物らしく、そこらへんも差が大きかったように思います。雨漏りしてましたし。

 一方、本部での実習にまた戻ってから判明したことですが、女たちはあまり恵まれなかったようです。ひとり厄介な中年男がいて、ろくに話してもいないのに呼び止めて「そんな明るくしてるだけじゃこの先やっていけないよ」といったことを説いて聞かせてくるのだそうです。彼女たちはとりあえず聞き流し、2日目の終了後に「もうこないからねー」と電柱1本ごとに言いながら帰ったと言っていました。

 本部も支部も、施設や職員に恵まれた実習でした。最初は嫌な部分ばかりが目につきましたが、終わってみればいいところもありました。夏休みを轢き潰すところだけでもどうにかなればもっといいんですけどね。ちょうど初日とサークルの合宿が被って涙を流した私でした。

 

 1泊2日でゼミの合宿もありました。卒業論文のできたところを持ち寄って、先生に見せるのです。幹事を責めるつもりはありませんが、酒が禁じられている施設という時点で最初から楽しみのひとつが封じられている旅です。

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 夕食のBBQでは、久しぶりに火起こしをしました。「火を点けろ、燃え残った全てに」っていいですよね。燃え残りを突っ込んだドラム缶が炎上していて面白かったです。学会に出ていた先生は、これの終わり際に到着しました。

 発表会はかなりの時間に及びました。メンバー全体での進捗の差が大きく、そろそろ手を付けなければなと思います。おそらくは20000字か24000字くらい書かなければならないのでしょうけど、文献を読むのが苦痛です。字や本を読むこと自体はむしろ好きなのですが、何冊も読んでリストにして、どこをどう引用したり参考にしたのかをいちち管理するのがつらそうです。特に、私はどこかで知っている知識や一般論、ふんわりしたイメージを使う悪癖がありますから、論文としての文章を仕上げるのには苦労するでしょう。

 時間が余って、トリックアート美術館に行きました。様々なタイプのトリックアートが見られるのはもちろん、自分がその一部になることもできます。テーブルの上の箱に首だけが入っている写真や、ひとつの部屋の両端に大きな人間と小さな人間がいる写真を見たことはありますか?あれになれるのです。

 特に面白かったのは、ぐるぐるする円盤を15秒くらい見てから風景画に目を移すと空がぐねぐねしているように見える展示でした。ペンを振った時にうねうねしているように見えるようなのではなく、かなり大きく揺れるのです。『星月夜』みたいな空がネザーゲートに入った時みたいになる、と書けば想像できるでしょうか。本当に雲が動いているみたいでした。

 

 

 

<アルバイト>

 私の職場である217号室には、あまり地理的に離れていないところにもうひとつ支店があります。かつてはそこと売上をなんとなく競い合う間柄*2でしたが、最近ではその面影もなく、支店の売上はとても低い水準を維持していました。ちなみにうちが本店扱いです。

 だからなのかそうではないのか、支店が閉店されました。しかも、支店にいた人員はそのすべてがこちらへ移ってくるそうです。常日頃から人が足りないと思っていましたが、これではさすがに供給過多というものでしょう。こちらの非フルタイム勢はこれでお役御免かと肩叩きに震えました。フルタイム勢は保険に加入していますし生活もかかっていますから、たくさん働かなければなりません。

 そんな折、面談が実施されました。本社から人事部がやってくるのです。相対的新人である私にもそのお声はかかり、どうせあと数ヶ月で確実に消えるヤツなら今消しても変わらんやろと思ってるのだろうなと向かいました。

 ところが、予想はすっかり外れました。私を解雇するつもりではないようです。それどころか、辞めて貰いたくない様子ですらありました。私としてはせいぜい来年の1月*3には辞めるつもりでしたがらこれはこれで拍子抜けです。

 

 では、人が増えた分をどう調整するのでしょうか?その答えは、数日後に明らかになりました。面談に行ったアルマンが解雇を通告されたのです。

 アルマンは私より古株なのですが、面談で「アルバイトとの契約が更新できる回数は決まっていて、あなたはもうそれを使い切っている。働き続けるには正社員になるしかないが、うちにその予定はない」と告げられたそうです。アルバイトをしていると、年に1回契約更新の書類を書きます。それがもうできない、ということですね。

 ところが、アルマンが契約した時の条項では、あともう1回更新ができるはずでした。そのことを指摘すると、人事部はしまったという顔をしたそうです。そして、「アルバイトでは条件が違う」と言いました。こうして、アルマンの命は今月で尽きることになったのでした。

 アルマンは、自分がほぼ強制的にクビにされたのだと確信しているようでした。店長ダーウェントとの関係もかつてないまでに冷え切っています。ダーウェントはダーウェントで、申し訳なさそうにするとかでもなくなるべく接しないようにして乗り切ろうと試みたのですから、アルマンの怒りも高まるばかりです。

 こうして、私よりも古参の人間がまたひとり消えました。ダーウェントを除けば、もう私以外に残っている古参はひとりだけです。ここまでになっても自分に自信が持てないのはよくない気もします。

 アルマンは、腹いせに自分の担当していた印刷物をほとんど破棄していったようでした。ほとんど任せきりだったダーウェントが対応に追われたのは言うまでもありません。そして、そのデータをPCから探したり作り直したりが私に回ってきたことも。そんな中、ダーウェントはアルマンが解雇された本当の理由を教えてくれました。

 それは、やはりというべきかパワハラ、つまりは他のスタッフへの態度でした。つい数ヶ月前にまたひとり辞めた際、そのことを相談されたのが決め手になったようです。

 これは、自分の方針を他のスタッフへ押し付け続けたアルマンも、店長代理として働いてくれるからとアルマンへ諸々を依存して職場環境のことを見ようともしなかったダーウェントも2人ともが悪いと思います。そのツケを権力で踏み倒したダーウェントには呆れるばかりですけど。

 

 

 

<PS4>

 『Saints Row』というゲームがフリープレイで配信されました。

 サント・イレソで奨学金を返済しようと頑張る主人公ボスと仲間たちが、犯罪帝国を創り上げていく物語です。プレイしたことはありませんが、オープンワールドでもあるのでGTAが近いでしょうか。四肢欠損や悲鳴といった表現が薄いところやバグが多いところは少し残念ですが、それでも面白いゲームでした。

 このゲームで面白いのは、やはりその命の軽さとジョークセンスです。敵を尋問する時にはそいつが入っている仮設トイレを車で引きずり回しますし、マクドみたいなところのおもちゃを巡ってギャングと抗争も起こします。敵対組織の幹部のリムジンをヘリで吊って情報を聞き出せば「そいつが失脚すれば俺が出世だ!」と尋問されてるくせに喜んでますし、敵対ギャングを呼び出して戦えるシステムもあるのですが、そのゲーム内での流れがそいつらのお気に入りの店に☆1を付けてキレさせることだったりします。

 車やバイク、ヘリといったビークルや主人公のカスタマイズの幅は広く、お気に入りの塗装やパーツで飾り付けた車で町を走り回れます。当然カーチェイスもあって、破壊した車が爆発炎上する様は綺麗です。特に、並走していた車が炎に包まれながら失速して爆発し、運転手の身体が吹っ飛ぶ様子は何回見ても楽しいですね。しばらくはこのカスタマイズで遊べそうです。

*1:弊学ではこの実習を履修できるのは4年生のみで、自宅から近いところは実習先として選べない制限があります

*2:管理システムから互いの状況を覗けたのです

*3:勤続3年なので有給が付与されます

生存報告: 2023-8

 

<学校>

 4年にもなって、期末レポートをうっかり出し忘れました。教授の知り合い補整が入ることを祈るしかありません。

 

 ディズニーのサークルでは、夏合宿が開催されました。当然行くものと参加に投票しましたが、蓋を開けてみれば4年生はなぜか私だけでした。しかも、私が企画した4年会の日程投票でみんな合宿初日に投票する始末です。結局、夕方まで4年会で遊び、解散後に舞浜を目指すことにしました。

 4年会ではSwitchやカードゲームで遊びました。同じマスに止まったら先住民をスタートに戻せる双六では、6を出さないと駒をスタート地点に置けないので、ずっと6が出ずに最下位を無事取得しました。はじめての桃鉄もしましたね。

 舞浜駅に着いた時点でかなり遅くなってしまいました。ちょうどパークから帰る人々の波にかち合い、バス停も混雑しています。こういう時、大きい家族やベビーカーが前にいるのを運が悪いと感じるのは私が腐っているからでしょうか。

 今回の宿泊先は、以前と同じセレブレーションホテルというところです。パークからはそれなりに遠いというかほとんど終点です。中庭で遭遇した下級生から部屋を聞き出し、ようやく到着しました。

 翌日は朝からインパですし、現在のサークルの長はあまり飲み会にも来ませんから今日は何もないとばかり思っていましたが、長を含めそれなりの人数が集まって酒盛りをしていました。これ幸いと私も参戦します。

 私が4年会から直行していることはみんな知っていたのですが、後輩のひとりが「4年会の様子を、4年のひとりのストーリーで見た」と言いました。ところが、バスの中でひとりinstagramを見ていた時にその者のストーリーを見た記憶がありません。確認してみましたが、やはり後輩の端末から見るとストーリーがあるのに私の端末からでは存在しないようでした。

 instagramには、ストーリーの非表示機能があるそうです。ただ私の投稿が目障りなだけならミュートとかフォロー解除とかすればいいだけなのに、自分の投稿を見せたくないとはよっぽどですね。サードの件も然り、私は同期にだいぶ嫌われていたようです。

 気を取り直して酒を飲み始めます。長をはじめ、普段はあまり一緒に飲まない後輩たちと楽しみました。うまく言語化できないのですが、カラオケで徹夜しながら飲むのとも、宴会場での宴とも違う楽しさがあります。やはりホテルの部屋というのは非日常感があるからでしょうか。

 

 翌朝、誰かが私を起こしました。時計を見ればいつの間にか起床予定を過ぎています。そうです、酔ったまま寝落ちしたのです。

 慌ててレストランに向かいます。他のみんなは昨日の内に集合写真や夕食で顔合わせを済ませていたのですが、私はすべて終わってから合流したのでそれらをしていません。ですから、1年生の女ふたりにとって、酔い潰れて寝坊した私がファーストコンタクトになりました。

 部屋に戻ると、もうほとんど時間がありません。班のメンバーが男だけではないのだからと烏レベルのシャワーを浴び、どうにかシャトルバスに間に合いました。

 今回も私が最上級生でしたから、他の子たちが楽しめるように尽力しました。これで私より詳しかったら立つ瀬がないところでしたが、聞かれたことや望みには応えられたつもりです。結果、ミニーの家やカヌーなど普段は行かないところにも行って新鮮でした。

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 この頃はちょうど夏イベの真っ最中でした。パーク内にミストが散布されたり一部アトラクションの濡れ具合が増強されたりと涼しげな施作が展開される中、トゥーンタウンでは大量の水が撒かれていました。水鉄砲より放水銃に近そうな勢いで水が上空へと射出され、放物線を描いて降り注ぎます。

 多い水は涼しい、これは真理です。馬鹿みたいな量の水こそ、夏には必要ですね。

 1女ふたりともなかよくなりました。城の前で集合写真を撮った際に他の1女とも軽く自己紹介を交わしましたが、完全に記憶するにはまだ時間がかかるでしょう。忘れ去る前にどうにかしたいものです。

 特に、片方はとても面白い子でした。知り合ってからまだ数時間なのに、ベイマックスのハッピーライドを見て「これまだ乗ったことないんだよねぇ」と言った私に対し、「だと思ってました!」と嬉しそうに返してきたのがよかったです。遠慮のない後輩は大好きですよ。

 また、スター・ツアーズでスピーダーに乗り込む際に特徴的な匂いがするという話になった時、「スター・ツアーズに来たなぁという気分になって好き」と発言していました。実に見込みがありますね。

 

 

 

<ニディガ展>

 今月に入ってからは2回行きました。ちょっと興味があるという大学の友人とが1回、再びのソロが1回です。常設にしませんか?

 ところが、なかなか目当てのアクリルスタンドを確保できず、最終日に3回目の凸を敢行しました。この日に手に入った整理券は14時頃のものだったのですが、早いんだか遅いんだかとつぶやいたところ、どこからともなくリプが飛んできました。

 リプの主は、なんと遠方からニディガ展のためにやってきたそうで、自身の整理券の時間ではグッズが残っているか怪しいので交換して欲しいというのです。確かに、これまでの様子からするとその読みは正しそうでした。

 私としてはアクリルスタンドさえ手に入ればいい(展示はもう2度観ましたからね)のですし、何よりわざわざ大好きなコンテンツのために遠征して空振りというのはあまりにも悲しいことです。アクリルスタンドの代行を条件に交換しました。

 この者はコスプレイヤーで、あめちゃんのコスプレもしたことがあるそうです。ニディガを好きな友人はもういませんでしたから、つい嬉しくなっていくらか話しました。私は気づきませんでしたが、フォトスポットに未知のぬいぐるみがいるとも教えてくれました。これもいつか商品化するのかもしれませんね。

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 ということで、無事に書き下ろしのアクリルスタンドを手に入れることができました。今は机の上に飾っていますが、ちょうど左右のモニター下部に被る影響でFPS中の弾薬や体力が見えなくなりました。ここからは己の感覚だけが頼りです。

 予期せぬ出会いにはいいものも悪いものもありますね。同じものを同じように好きな人というのはとても貴重ですから、この縁を大事にしたいものです。

 

 

 

<C102>

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 夏コミに行ってきました。

 コミケは今もチケット制なので、これを嫌いな私は参加を見送ろうかと思っていたのですが、ニディガのグッズが発売されると聞いて参戦を決めました。

 ちなみに、初めて参加したコミケは、前日くらいに思い立ち昼くらいから行ったものでした。存在は知っていてもハードルが高くて過酷なところというイメージがあって、それが案外気楽に参加できた思い出になりましたから、そうでなくなった今は苦手です。単純に手間ですし、金も余分にかかりますからね。

 もっとも、運営側やサークル側からすれば、資金を確保できたり徹夜勢を排除できたり人の流れをコントロールできたりと好ましい面もあるのでしょう。そこらへんの経験があれば、印象も違ってくるのかもしれません。閑話休題

 さて、そのグッズというのは箱です。名称を「てんしのたからばこ」といい、ちょっとしたグッズとスピンオフゲーム集が含まれているそうです。ゲームのひとつはあめちゃんとのデートノベルで、期待が高まります。

 問題は、この箱が1000個限定なことでした。ニディガは古き良き時代をよくモチーフにしますが、今回は大昔のエロゲをモチーフにしているようです。パッケージやイラストに加え、なんと箱本体までもを当時に寄せたのです。寄せたというか、当時の箱そのもの*1です。あるだけの在庫をかき集めた結果、数が限られたのですね。

 私は若者ですから、この当時のことは知りません。生きているとしても物心がないかインターネットに触れていない時代のことです。それでも(お気楽で薄っぺらい消費という感じはしますが)、現代からみたこの時代は眩しいものに思えますし、雰囲気も好きです。何よりこれはニディガのコレクションとして素晴らしいものですから、入手しない訳にはいきません。

 1000個というのがどれだけかはわかりません。ニディガ展の盛況ぶりを見ればとても不安になってきます。しかも、今回は数が限られている上に、その性質上再販は望めません。厳しい戦いが予想されます。

 と思ったら、案外あっさりと買えました。ビッグサイトの外にいる間も、Windose*2に向かっている間も、列に並んでいる間もずっと不安でいっぱいだったので、なんだか拍子抜けしたような気分です。とはいえ買えたのは間違いなく喜ばしいことですから、これでよかったのでしょう。

 残りの時間(といってもまだ午前ですが)は気楽に回れます。ちょうど近かったので旅の道で『シロナガス島への帰還』の続編である『遥かなる円形世界』の体験版を買ったり、友人のおつかいをしたりと楽しみました。NIKKEはまたリアル10連ガチャをやっていましたが、あまりにも混んでいて断念しました。企業ブースは強いです。

 

 今回、中心に回ったのは同人ゲームのエリアでした。だからニディガもシロナガス島もあったのですね。そして、ちょうどWindoseの隣にあったのが、名前は何度も聞いたことがある『NOeSIS』原作者のサークルでした。

 怖そうだし複雑そう*3なので敬遠していましたが、これもいい機会と思ってサークルを見に行きました。存在感のある男たちがメルヘン気味な看板を持って呼び込んでいる風景にはコミケを感じます。いくらか売り切れてはいましたが、新刊は無事に回収できました。

 なお、この売り切れた品の中にはなぜかパンツが含まれていました。それを頭に装備したファンたちがサークルの周囲に集結したところ、スタッフに怒られるという事案が発生していたそうです。女子トイレの前だったのがよくなかったのでしょう。

 このゲームのコミュニティは狭い分繋がりが深いと聞きます。やはり、同じ趣味の仲間は尊いですね。閑話休題

 これはいわゆる壁サーでしたが、中の方のサークルにも『NOeSIS』の二次創作本を出しているサークルがありました。新刊と既刊を購入し、サークル主の方とTwitterまで繋がってしまいました。これはますます本編を履修しなければなりませんね。 

 その後、コスプレエリアでカストーディアルキャスト*4やヴェノム・スネークのコスプレの方に写真を撮らせて頂いて、現地を離脱しました。以前とても混んだのを覚えているからでしたが、ちょうど離脱直後に強い台風が襲来したそうです。何はともあれ、今回はとても楽しい日を過ごせました。

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 手に入れた「てんしのたからばこ」には、アクリルキーホルダーやゲームのダウンロードカード、それといくつかの紙ものが入っています。箱自体にもかなりの存在感がありますから、部屋に飾って満足しました。このあたりのことは、いずれ別の記事で書こうかと思っています。

 あっさり買えた上に在庫もかなり余裕がありそうだったので、新しい友人の分も購入して送りました。仲間がいるとこういう時に助かりますね。

*1:エロゲの黒い箱と呼ばれていました

*2:サークル名

*3:買収だか何かでフリー版と商業版があるとか聞いています

*4:ディズニーでよく掃除してる人

生存報告: 2023-7

 もう今年も半分が過ぎました。しかし、半年という時間など取るに足らないものです。この通り、ほんの一瞬で崩れ去るのですから。

 

 

 

<学校>

 各授業も終盤、というか期末です。中学校からの付き合いである期末試験とも、もうそろそろお別れなのですね。実に長い間、夏の始まりを告げる風物詩でした。

 

 図書館や博物館がテーマな領域で堂々と女子供問題を考察していた授業は、色々なテーマが展開されました。LGBTも出てきましたし、社会的な性への偏見も出てきました。出生前診断*1とそれによる中絶の是非なんてのもありましたね。

 ところで、障害者を扱った番組のいくつかでは、非常に癖のあるナレーションがされていました。個人的には聞き取りづらいくらいでしたが、ドキュメンタリーってあんなものなんでしょうか。

 さて、個人的にもっとも印象的だったのは戦争による精神へのダメージがテーマの回です。帰還兵問題とも呼ばれています。

 戦争では敵兵を殺さなければなりませんが、ヒトは同族を殺すことに抵抗感があります。そこでアメリカは、敵兵を殺せるようになるための、敵兵を人間と認識しないための訓練を考案しました。これは功を奏したそうです。

 問題はそのあと。戦争が終わって帰国した兵士たちは、すっかり戦場に慣れ切っていますから、急に平和な日常に戻ることができませんでした。我々からすれば取るに足らないような日常的な光景の中でも、彼らは警戒を解けなかったのです。こうした兵士たちは、やがて事件を起こすようになりました。ただのチンピラに襲われたのを待ち伏せに遭ったと思い、殺害する事件も起きたそうです。

 日本の例も紹介されていました。戦場のストレスで精神疾患になる兵士も当然いたのですが、かつての日本は電気ショックでそれを治療しようとしたそうです。当人が弱いからだとされたのですね。

 帰還兵問題というと、私は最初に『フォレスト・ガンプ』が出てきます(『ランボー』も有名ですね)。これらの映画や今回のドキュメンタリーで印象的だったのが、国のために戦争へ行った兵士たちに味方がいなかったことです。

 祖国の国民は戦争反対を叫んで兵士たちが命を賭けている戦いを無意味で不要なものだと糾弾しますし、同じ国民のはずの記者は軍の不祥事を撮ってばら撒きます。最近では、平和で安全な立場から「降伏すべきだ」と主張する人たちがいましたね。

 国は国で、最近の戦争ではすぐに撃ってはいけないと訓練しているそうです。民間人を殺害したとなれば、大問題になるからでしょう。しかし、相手はそんなことお構いなしですから、平然と民間人(時には子供)を使って攻撃してきます。結局、この板挟みになるのは現場の兵士たちです。

 兵士たちのことを考えるのなら、無人兵器や遠距離兵器で戦うのが最善と思います。そうすれば被害は抑えられますし、直接死と触れ合うことはないのですから、精神への負担も少ないでしょう。戦争の在り方としての是非はひとまず置いておくとして。

 ですが、この授業にいた連中(特に女子供問題に関心のある連中だったと思います)には「やっぱり戦争は話し合いで解決すべきだと思います」と感想を述べた者もいて、同じビデオを観た感想のあまりの違いに驚きました。

 話し合いを放棄するのは、とても愚かなことです。完全に理解することなどできないことを前提とした上で、自分以外の人間は①話さずとも(もしくは多少の言葉で)わかりあえる人、②きちんと話せば言葉は通じてわかりあえる人、③どうやってもわかりあえない人の誰かでしょう。この「わかりあえる」とは、互いの思想を受け入れられる場合はもちろん、自分はそうは思わないけどあなたがそう考えた経緯や理由は理解できるという意味です。

 なのに、話し合いを放棄するということは③だけでなく②も切り捨てるということですからね。結論ありきで話し合うフリをするのもよくないことです。聞くつもりもないのに相手に言葉を使わせて、自分だけ一方的に通そうとするのですから、それは相手と相手の言葉への侮辱です。相手を軽んじているからそんなことができるのでしょう。

 しかし、戦争が起こった以上、敵が③であるのはもうわかっているのですから、そこから先は武力がコミュニケーションの手段です。そこで降伏など、愚かなだけですね。私にとっての彼らも③かもしれないなぁと思ったのでした。

 

 

 

<アルバイト>

 また新しいアルバイトが辞めて、すっかり人数が少なくなりました。私もいつの間にやら古参かと思いきや、私以降が続かないので今もなお相対的には新人のままです。相対的新人、なんかいいですね。

 

 いつしかオーバールックにも外国人が増えています。もはや日本人より多いのではないかと思うくらいです。日本語が通じる客や日本人と来る客、買うだけ買ってすぐ帰るので意思疎通の必要がない客もいますが、商品について聞かれれば答えなければなりません。

 個人的には、現地の言語を使おうともせず自身の母語で押し通そうとするのが理解できませんし癪に触ります。私も日本語で返せばいいんですか?

 とはいえ、それはそれ。観光地ってそういうものなのでしょう。中国語ならまだしも、英語なら私でも少しくらいは対応できます。よく聞かれることもわかってきますからね。

 アルマンや他のスタッフは紹介文を複数の言語で印刷し、それを読ませていましたが、それではなんとも味気ありません。最近はパワーポイントを使い、カラフルなチラシじみたものを作っています。

 

 PCでの作業といえば、以前に半自動更新カレンダー機能付きの印刷物を作ったことがありました。あれは関数だけを使って作ったものでしたが、あまりに暇なので今度はシフト表制作システムを作りました。

 ボタンやチェックボックスに指示を組み込みたいので、関数だけでなくVBAも必要です。対外部用に作成したツールの経験が役に立ちました。

 構造は至って単純で、操作用シートに出勤時間や退勤時間、塗りたい色を入力してシフト表の誰の欄の何日にそれを反映させたいかを指定すると、その通りにテンプレートが書き変わるという仕組みです。テンプレートのみを別ファイルへの保存したり印刷したりの操作やリセットもボタンを押すだけで可能です。

 もちろん、対外部の時は使わなかった知識も必要でした。やはり、学習しながらトライアンドエラーを繰り返し、段々と制作物を理想に近づけていくのは楽しいですね。

 

 

 

<NEEDY GIRL OVERDOSE>

 7月7日、超てんちゃんのお誕生日はいしんがありました。この配信内を含め、超てんちゃんのお誕生日に合わせて重大発表がいくつもありましたね。池袋の広告も見に行きました。

 なお、配信中には超てんちゃんのライブもあり、はじめて『INTERNET OVERDOSE』と『INTERNET YAMERO』の振り付けをフルで見た気がします。これを機にさらに流行って、大学祭のステージで拝めるような時代が来て欲しいものです。音楽番組にもいつか出ませんかね。

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 あめちゃんの生誕祭グッズも無事に届いたので飾ってみました。だんだん部屋がニディガに染まっていくのは気分がいいものです。いずれ届くフィギュアの場所も確保しておかなければなりませんね。これからの商品展開も楽しみです。

 

 

 

<ニディガ展>

 さて、その企画のひとつであるニディガ展が月末に渋谷で始まりました。後述のワイズ・ゲルテナ展よりは前です。

 会場はMODIという施設で、渋谷駅からタワーレコードへ向かうように進んでいくと目に入る、植物に覆われた建物です。ちなみに、横の道はPARCOに続いていて、さらにその近くにはかつて私が潜入したナイトクラブがあります。閑話休題

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 会場にはたくさんの人がいて、もう整理券が配布されていました。私が手に入れたのはもう午後のものでした。想定が甘かったことを反省します。こういう場では、起こりうることすべてを想定してから臨むべきでしたね。

 うっかり体調を粉々してしまったのでベンチで身体を休めて時間を潰していましたが、ようやく入場できる時間が来ました。会場内は割と狭く、実質的にはポップアップショップがメインでしょう。壁には二ディガのアートがいくつも飾られていて、見慣れたメインビジュアルや先日のあめちゃん生誕祭キービジュアルもありました。

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 さて、今回の目当てはやっぱりあめちゃんと超てんちゃんの書きおろしアクリルスタンドです。以前の発表時から思っていましたが、やはり今回のコーデはかわいいですね。あめちゃんは肌の白さが際立ちます。

 さすがはピたち、私が入場できた時点でもうほとんどグッズは残っていませんでした。アクリルスタンドももうありません。通販の可能性は残されていそうですが、また来ることにしました。

 以前のニコニコ超会議で展示されていたフォトスポットと等身大超てんちゃんが、再展示されていました。前回は整理券が手に入らず遠くから見ることしかできませんでしたが、今回は超てんちゃんを触れるくらい近くから拝めますし、フォトスポットの中に入って椅子に座ることだってできます。バトルドームが欲しくなってきました。

 

 

 

<凱旋ワイズ・ゲルテナ展>

 『ib』というゲームをご存知でしょうか。美術館に家族でやってきた少女イヴが不思議な世界に迷い込む、昔のホラーゲームです。元はPCのフリーゲームでしたが、最近は移植もされています。

 その世界で、イヴはワイズ・ゲルテナという芸術家の作品たちと出会います。そもそも、美術館に来たのも彼の特別展が目的でした。友好的なもの、敵対的なもの、そのどちらでもないもの、よくわからないものと、ゲームをプレイしているととても印象的な存在です。

 そのゲルテナ展、なんと現実で開催されていました。全国を回ったのですが、凱旋としてまた東京に帰ってきてくれたので、また行ってきました。場所は池袋です。

 

 前回の渋谷会場よりもかなり広く、展示されている作品も以前より増えています。原作を再現した演出付きの作品もいくつか新しいものがありました。

 また、ゲーム内では強烈な存在感を放つ青い肌に赤い目の人形が登場します。その人形たちのいる部屋をVRで体験できる部屋も用意されていました。プレイしたのはかなり前のことですが、あの時の恐怖が蘇ります。

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 ゲルテナ展のポスターにも採用されている、代表作『深海の世』はやはり別格の扱いです。渋谷会場でも部屋の真ん中の床に置かれていました*2が、こちらでは別室を用意され、海中のようなライトで照らされています。

 

 また、物販では前回はなかったゲルテナ展の公式図録が新発売されていました。これと一緒にトレーディングのアクリルスタンドも買いました。いちばん好きな作品である『赤い服の女』が引けて満足です。

 残念ながら売り切れていましたが、土台となる大きなスタンドに小さなスタンドを挿すことで、好きな作品を展示することができます。作品たちのスタンド、イヴたち登場人物のスタンド、さらに入場特典のゲルテナ展ポスターと赤い薔薇の花瓶のスタンドが該当します。

 テーマを活かしていて実にいい商品展開だと思いました。展覧会限定なのが惜しい限りです。

*1:生まれ落ちる前から一部の障害の有無を予測できる診断です

*2:これも原作再現でしょう