ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

[2022] 生存報告番外: 506番房記録 6日目

 この起こされ方にも不服ながら慣れてきた気はするものの、不機嫌になるのは変わらない。ただ、朝食の配給開始(7:30)放送の際、最後にデータ入力がまだの者は早く済ませるように促される。もしかすると、朝は30分くらい遅くても催促の電話が来ないのかもしれない。

 今朝はきちんとビニール袋があった。サイズは通常のものに戻っていたが、どの道昨夜の大型ではオーバーキルだろう。すべてまとめて釈放時に出すならいいかもしれない。

 ところが、今回は野菜ジュースがなかった。初期は野菜ジュースがあり、後にりんごジュースが現れ、昨日は大型が消えてすべて小型のパックのみとなっていた。そして現在、いよいよすべての野菜ジュースが全滅していたのである。

 おそらくだが、配給中に物資の補充は行われない。次の配給時になると補充されていることもあるが、今回のビニール袋のように複数回補充されていないこともある。弁当と水やお茶は十分な数が用意されているのだろうが、他のものはどうもそうはいかないようだ。なお、弁当はひとりひとつだが、水やお茶に個数制限はない。

 そういえば、収監時に使った窓口以外の場所でスタッフを見たことがない。エレベーターホールにはなんらかの装備が入ったリュックサックが配置されているが、そこには「レッドゾーンに入れたら持ち出さないこと、点検もレッドゾーン内部で済ませること」とある。レッドゾーンとは、我々が生活しているエリアすべてのことなのだろう。

 窓口は1Fのロビーを仮説の壁で区切って作られており、地図によればその後ろには本来のメインエントランスがあるはずである。そこの空間がスタッフ用の安全地帯となっているのだろうが、そことレッドゾーンの間には「死してなおも輝く」で隔離プラットフォームに設けられていたようなエアロックでもあるのかもしれない。

 朝食は、GUH、新香、野菜、卵焼き、鯖、揚げちくわ、唐揚げ、キャベツだった。どちらかといえば昼食っぽいメニューだが、ハムカツがあった以上特に朝食っぽさのようなものは気にしない方向性なのかもしれない。しょうゆが付属していたが、これを鯖にかけるべきかは少し迷った。

 昨日の期末レポートを仕上げる。もうひとつ抱えている今日中の課題はあるが、そちらは「登校できるようになってからメールにより提出でかまわない」と言われている。こちらの「遅れるなら言え」は、救済なのか救済でないのか少し迷うところだった。昨日の時点でだいたいの方向性が定まっていたこともあり、さして時間をかけることなく完成、提出した。成し遂げた気になって寝た。

 運営は今朝までの配給時の混雑が気に入らなかったらしい。全体の囚人数が依然として減らないもしくは増えているのか、それとも奇数階と偶数階の2部制では現状でも不十分だと判断したのかまでは不明だが、昼食の配給からは3部制にすることが通告された。今回からは、5階から10階、11階から15階、16階から21階(だいたい)の3グループ制となる。我々はあらゆる使用中の房の中でも最下層だったようだ。

 電子レンジで弁当を加熱していると、例の女のペアに遭遇した。前回は同じ部屋に入っていったような気がしていたが、今回は別々の部屋に入っていった。やはりここはあくまで独房であり、ただ互いに部屋を行き来していただけなのかもしれない。考えてみれば、廊下に監視カメラこそあるもののそれがどこまで活用されているかは不明であり、問診の電話以外で在室確認をされることはない。極端な場合なら、夜を他人の部屋で過ごすことすら可能だろう。

 昼食は、GUH、野菜、卵焼き、どことなく中華っぽいピーマンや細切れの肉や人参を合わせたもの、レタス、味噌カツだった。ハムカツもそうだったが、ハンバーグやエビフライ、焼き鮭といったオーソドックスなものと、このような多少マイナーによるものを混ぜてくるので、なかなか飽きないものだ。味が濃いものも多く、持参したふりかけは使うことなく終わりそうだ。

 昼食を終えてなお、問診の電話はなかった。部屋凸もなかった。ここで気になってくるのが、退所のスケジュールだ。私は軽症に分類されるらしく、宿泊療養が許可されたのはおそらくはそれゆえでもあるのだろう。軽症か無症状が対象だからだ。そして、軽症者は「発症日から10日経過」と「症状軽快から72時間経過」が隔離解除(退所)の条件とされている。

 発症日から10日は、おそらく明日だ。症状軽快の状態はここ72時間以上続いているとも思う。ただ、「10日目に退所可能」なのか、「10日目が過ぎた後で退所可能」なのかが明確に示されないまま現在に至っている。退所可否の厳密な結果もまだ出ておらず、このことも合わせて問診の際に聞きたかったのだが、その問診が来ないのだった。

 とはいえ、おそらく明日か明後日には退所できると思われるので、その旨を先生に送った。ひとりは明日の授業であり、来週に期末試験をしてくれるという。その日でお願いした。

 近い社会復帰に備えて、対外部の業務を少しこなす。検査結果が通知された後、すぐに連絡したうちのひとりが局長だったが、それから少しして局長ではなく委員長から全体向けに通知がなされていた。それは次回の活動はオンラインであるというものであり(広報局は元から休みだったのであまり関係なかった)、加えて複数名の感染者がいると大学側から知らされており、その中には各局の局長が把握していない者も含まれていたという。必ず報告するようにという全体方針の再確認で連絡は終わっていた。思っていたより、身近なところまで感染は広がっているのかもしれない。

 18時過ぎになって、部屋の電話が鳴った。内容はごくあっさりしたもので、退所の条件を満たすので明日の9時から10時に退所できるとのことだった。退所時にはパルスオキシメーターとボールペン、カードキーを返却する必要があり、自分で持ってきて始末するよう規則にあった室内の備品(シーツや各種カバー)はそのままでいいという。当日の流れとしては、9時以降にまた連絡があり、それで終わりらしい。

 急いで明日の授業の先生に連絡し、明日出席してもいいか問う。連絡が帰ってくるかはわからないが、念のために授業資料を読み始めることにする。いずれにせよ試験は避けられないのだ。

 我々は、配給グループの中でも最下層に属する。これは、エレベーターで下に降りる際にもっとも不利ということである。案の定、5Fのエレベーター前には列ができていた。下層行きのエレベーターが止まっても、ほとんど満員だ。ドアを開いて独房から顔を出したものの、列を目にして引っ込む者もあった。

 やっとある程度空いているエレベーターが来た。意気揚々と乗ろうとしたが、私のひとつ前に並んでいた子供が詰めないので乗れない。無理なく詰めれば無理なく乗れるであろう空き具合なのに、子供が詰めないので乗れない。こちらの存在を認識しているはずなのに、子供が詰めないので乗れない。こちらは乗ろうとする素振りを見せているのに、子供が詰めないので乗れない。

 朝の放送でもコンパスでもない、生身の人間に怒りを覚えるのも久しぶりだ。ましてや、小憎らしい男児である。かわいげもへったくれもない。どうせ、ゲームは実況で済ませるタイプの小学生に決まっている。将来はきっと、似合わない染髪にツーブロックだ。

 夕食は、GUH、新香、イカオクラ、卵焼き、さつまいも、人参、ブロッコリー、黒豆、プチトマト、レタス、レモン、焼かれた鶏肉だった。オクラに混じっている白い板状の物体がはんぺんかと思ったらイカだった。どうしてイカオクラを弁当に入れようと思ったのだろう。いいセンスをしている。

 もうひとつの課題に手を付けようとしたが、こちらは形式が難解で断念した。本来は授業中に終わる程度のものらしく、分量もたいしたことではないのだが、自分のやり方に自信が持てない。友人に聞いて済ませる。

 なお、机でPCを使う際に避けては通れない、人体に優しくないイス問題だが、実は部屋にあった使い捨てバスタオルで解決している。正方形に畳まれた状態で袋に入っていたのだが、自前のバスタオルがあるのでわざわざ1回使うのもなぁと思って持て余していた。それを座面に置いてその上に座ると、だいぶマシになることが判明したのだ。このまま使わずに終わっても捨てられるだけだろうし、持ち帰ると処分が面倒そうだ。明日の朝になったら使おうと思う。

 約1週間を過ごした部屋とも、翌朝にはお別れだ。スーツケースとの決戦は明日に回すことにして、部屋のゴミを集める。ペットボトルでサヘラントロプスのプロペラントタンクごっこをしていると、部屋には9本ものペットボトルがあると判明した。スーツ類を自分で持っていく必要がなくて、本当によかった。

 先生からの返信を確認した。明日は社会復帰と期末試験だ。