ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

[2022] 生存報告番外: 506番房記録 7日目

 なぜか明け方に目が覚めた。時刻は驚くべきことに5時台だ。早く寝たわけでもないのに、どうしてこの体は自殺行為をしたがるのか理解に苦しむ。窓の外からはここに来て初めての暴言だかが聞こえてきたような気もしたが、確認するのも怠くて寝た。

 今日もまだ3部制が続行されている。ニュースは連日のように感染再拡大を伝えており、そう簡単に囚人数が減ることはないのだろう。何かの間違いで、これ以降に宿泊療養へ行く者がこの記事を読むこともあるかもしれない。こんなものより公式の指南を読んだ方がいい。

 エレベーターは今回も混んでおり、ひとつ前に並んでいたのはいかにも陰気そうな女だった。そして私がなんとか乗れそうなエレベーターが来た時には、今度は女自身が閉ボタンを押していた。自分が詰めようなどとは夢にも思わなかったに違いない。いずれにせよまもなく出所だと自分に言い聞かせる。

 朝食は、ハムとレタスのサンドイッチ、肉っぽいもの、小型ハンバーグ、マカロニのサラダ、カップケーキだった。サンドイッチはラップに包まれていたが、これは何日か前の関西っぽいマフィンの日と同じだ。電子レンジにそのまま放り込み、とても熱いラップを剥がしながらサンドイッチを食べるはめになったのである。

 早々に食べ終え、荷物を片付ける。今回はインスタントのスポーツドリンクや野菜スープ、菓子類を持ってきていたので、それらを消費して帰りはスーツケースの中に余裕がある想定だったが、結局ほとんど手をつけなかったので荷物の総量はあまり変わらなかった。目に入るものすべてをとりあえず放り込み、無理にジッパーを閉める。

 少し時間が余ったので、風呂に入った。片付けの間に湯を張っておけばよかったのに忘れていて、さらに入浴に割ける時間が減った。束の間の休息を楽しんだ後、使い捨てバスタオルをバスルームではなくベッドの上に置いてきたことに気付いた。

 最小歩数でタオルを回収し体を拭いていると、電話が鳴った。時刻は9時前だが、7時のタスクを6:45からせっつく連中だ。退所許可だと思って電話に出ると、今朝の入力の不備を指摘された。訂正すると、電話は切れた。それだけだった。

 いつ退所許可が出されてもいいように待機していたが、結局電話が来たのは9:30頃だった。最後にまた部屋を点検し、ついでに窓から写真を撮り、すべての荷物とゴミを持って1Fへ降りた。

 レインコートのような防護装備とフェイスシールドのスタッフが、配給所の補充にあたっていた。最後に窓口を観察していると、エアロックのようにクッションとなる部屋の存在が確認でき、また窓口の後ろは物資が大量に保管されていると判明した。

 パルスオキシメーターとボールペン、ルームキーを返却し、外にいるスタッフに名前を告げればもう退所の手続きは完了だ。行きはお迎えが来たが、帰りは現地解散であり、もうここで放り出される。スーツケースを転がし、家路に着いた。セミが鳴いているところからすると、知らぬ間に世界は夏になっていたらしい。

 昼過ぎにはまた出かけた。期末試験の時間だ。持ち込み可の試験だったので、授業資料を抜粋してプリントアウトした。細かいところは教科書を見ればいいだろう。

 到着して、最後の見直しにかかる。プリントアウトしたものを読み込み、さらにノートも見返した。休んだ回に発表された演習問題の答えも友人に聞いておく。

 ついでに試験中に検索しやすいよう教科書の該当部分も確認したところ、なぜか話が噛み合わない。嫌な予感がしてタイトルを確認すると、同じシリーズの違う教科書を持ってきていたことが判明した。

 試験はそのまま始まり、終わった。持ち込み可の試験なのに教科書を持ち込まないというのは、縛りプレイでもない限りやるべきではないという知見が得られた。どうにか落単は免れていることを信じる。

 そういえば、ホテル療養の間にサマーインターンを申し込もうとしていたが、ひとつたりとも応募しなかった。まずはアカウントを作るところから、いや就活用のメールアドレスを取得するところから始めなくてはならない。何かをやろうとして前提タスクが必要だと判明すると急にどうでもよくなるので、ここで止まっていたのだ。

 アカウント作成とログインに成功したものの、数が多すぎる。選択肢が多いと選べなくなるタイプなのが災いした。サマーインターンはよくわからないが重要らしいくらいの認識でいるので、その機会を使ってもいいインターンなのかどうか悩む。そうしているうちに考えるのが面倒になってやめてしまうのがいつもの流れだ。

 すると、どこかよさげなインターンを見つけた。申し込み期限は4日後で、まだ間に合いそうだ。さっそくエントリーしてみると、事前のオンライン説明会参加が必要だとわかった。そちらの日程はいくつかあるが、幸いにも最終は明日だ。

 ところが、説明会に申し込めない。定員とも表示されず、申し込みボタンがないのだ。ページを漁ると、申し込みは前日の正午までであると書いてあった。エントリーだけできる期間を作って何の得があるのか?

 いろいろ嫌になってやめた。ひとつうまくいかないとそのことばかり考えて他のことが手につかなくなるのもいつもの流れだ。無能な完璧主義者はこれだから困る。記事を書く気も失せてしまった。

 早くも506番房に戻りたい。あそこにいる間は、何も考える必要がなかった。もちろん、インターンをはじめ考えるべきことはいくらでもあったが、課題や試験、アルバイトのことは考えなくてもよかった。

 『刑務所のリタ・ヘイワース』では、あまりに長い間刑務所にいて所内での生き方しか知らない囚人が、すっかり老いてから釈放され、外の世界に馴染めず首を吊るというシーンがあった。たった1週間離れていただけなのに、外の世界の暮らしを考えるだけで嫌になる。それほど何も考えなくていい暮らしというものはすばらしいものだった。