ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

実習で異文化交流 その④

2日目 中編

 夕食にはホテル近辺(といってもかなり離れていたが)の居酒屋が選ばれた。注文した飲み物が届いた時、我々はちょっと困った。影武者と隣人の頼んだものがそっくりな見た目なのだ。これではうかつに動けない。みんながグラスを睨みつけ、決定的な差異を探した。

 すると、影武者が何も言わずに手を伸ばして片方を飲んだ。我々はまた衝撃を受けた。迷いのない動作だった。いつもこんな調子なのかもしれない。

 その後も彼の奇行は続いた。その場に先生がいればなんとなく多少肩代わりしてくれる空気になりがちだ。そんな中で他の人の注文を聞いたり待ったりすることもなく自分だけ2杯目を注文し、届いた鍋にこれまた周囲に何も言わず箸を突っ込み、果てはさっさと食べ終わって宴の席でひとりソシャゲを始める始末である。

 彼は何も言わないし、我々も何も言えない。先生含めたぶん全員がこの奇行に困惑していた。たった2日とはいえ、一緒に行動していた間はせいぜいが無口な奴くらいの印象だった。だが、ここに来て突然のこれだ。

 解散後、ぼくと数名は近くのスーパーで菓子と酒を買い、深夜に備えた。宿へ戻ると、案の定影武者は先に帰りついており、動画を観ているようだった。酒盛りまでにはまだ時間があったので風呂に入ろうとしたが、ちょっと思い直した。ここまでされたとはいえ、断りもなく先に風呂を使っては同類になってしまう。彼は今ちょうど入りたいのかもしれないし、人が使った後の浴室で十全にくつろぐことは難しい。そう思って浴室を調べると、すでに使われた痕跡があったので入ることにした。

 ここの浴室は、間違いなくぼくがこれまで使ったどの浴室よりもいいものだった。もしいつか家を建てるとしたら、きっとこれを選ぶだろう。内装、浴槽、シャワーとどれもすばらしいものだった。

 内装は落ち着いた石(少なくとも石の模様)の壁であり、全体的に黒か濃い灰色っぽい。そして、天井の端の間接照明や浴槽、シャワーの上などところどころに照明が仕込まれており、色や明るさを操作できる。浴室のドアは半透明だったので、脱衣場の灯りを消し、浴室内も暗くして色だけを変えていた。近未来っぽい寒色も捨て難いが、暖色の灯りをひとつだけ点けるのが気に入った。

 浴槽は、ある方向に座って使うようにデザインされている。目線の先の壁にはテレビがあり、首や頭が来る位置にはクッションが設置されている。さらにはクッションの下からは肩湯を出すこともできる。肩から湯を浴びつつ薄暗い浴室でテレビを楽しむとは、なんたる贅沢な時間だろうか。

 シャワーは、壁にあるパネルにはいくつもダイヤルが付いていて、それを操作することでどのシャワーから(もしくはどのシャワーとどのシャワーから)どの程度出すかを決めることができた。よくある取り外し式のシャワーヘッドだけでなく、固定されたシャワーも付いていたのだ。全身にくまなくお湯を浴びせることもできる。また、床に湯を流すこともできた。足が冷えやすい冬には助かりそうだ。

 これらは使っていてすぐわかったが、シャワーのあたりにある壁の出っ張りが奇妙だった。ちょうど椅子よりも少し高い位置にあるが、まさか机ではないだろう。天板にあたる位置が少し窪んでいて、パッドのようなものが埋め込まれている。使っていなかったダイヤルを回すと、この意味がわかった。これはもうひとつの椅子だ。

 なんと、この浴室には打たせ湯まで付いていたのだ。天井の穴からかなりの勢いで水が落ちてきて、座ってそれに当たりながら思索にふけったり寝たりできる。なんと贅沢な風呂だろう。なお、これはソロ部屋にはないらしい。難しいトレードオフだ。

 ちなみに、浴室を使った痕跡はあったが、パッドに座った痕跡は見られなかった。せっかくのこの設備を使わないとはじつにもったいない話だが、彼と尻を合わせずに済んだのは助かった。