ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

はじめてのクラブにソロで行くべきではない 後編

 パーティーに来たのに特に何も起こらず3時間弱が経過した。パーティーの参加者はこの後の通常営業にも参加できる。毒も喰らわば皿までだ。意地でもあと7時間、閉店まで残ってやる。

 礼節のない大学生がぎゅう詰めだったフロアも、パーティーが終わり終電も消える頃にはいくらか空いてきた。代わりにやってきたのは、もっと怪しい人々だ。外人も多い。

 この部屋はDJブースの後ろにライトがあり、絶えず動いて人々を照らしている。レーザーとはいえ光源が小さな線状であり、フロアには微かに煙が充満しているため、乱舞する台形の軌跡に照らされるとスキャンされている商品の気分になる。ブースの反対側にはバーカウンターがあり、他の壁際にはVIP用らしいソファ席がいくつもある。

 たまに変化するレーザーの色が青とオレンジになり、ナワバリバトルを思い出す。素直に帰ってフェスに参加していた方がよかったかもしれない。ここにいたどのDJもタコワサ将軍には敵うまい。

 踊りもわからずただ左右に揺れていると、一般外人が声をかけてきた(正確には耳元で叫んだ)。そのまま彼ら4人と乾杯する。音楽の中で相手の英語と意思疎通するのはかなり困難だった。かろうじて25歳であることだけわかったが、この爆音がある限りは会話を続ける気も失せるというものだ。彼らが踊るのを見ていることにした。

 他の人々も見ていた。前方では別の外人グルが踊り、後方では日本人カップルが踊り、近くでは派手な女たちが踊る。国籍はわからないが、ずいぶんいい動きをしている。眺めていると、ひとりから急に「踊ろう」と囁かれた。日本人だったらしい。

 女は踊れないことを察して真似するよう促してきた。熟練者を真似ていると、自分もうまく踊れているような錯覚に陥る。誰かと踊るのは初めてだが案外悪くない。

 踊りを終え、一旦地下のトイレに向かった。出てくると、黒人からチップを入れるよう促された。さっきまではなかったシステムだ。箱にチップを入れ、近くの菓子を取るらしい。

 箱の中には千円札があるが、これはきっと高い金をサクラとして入れて相場を錯覚させるという詐欺師御用達の手口だ。相場もわからず200円を入れた。やはり善意を強制するのは間違っている。生理現象を人質に強請るのはもっと間違っている。

 フロアに戻り、ソファにいた女に先程の礼を伝えると握手してくれた。また外人たちの近くで揺れつつ人々を見ていると、女と同じソファにいた外人が近づいてきて、「あの子たちに声かけちゃ駄目だよ」と囁いた。

 実はやんごとなき身分なのかとも思ったが、ショートパンツにサラシのような布切れでは高貴さが伝わってこない。職員がソファに立って踊り注意されるとも考えにくい。他の女が男の膝に乗っていたから、娼婦なのかもしれない。

 まったく、極東まで来て天下る外人と売女とは、いかにも掃き溜めらしい。第一、最初に話しかけてきたのは女の方だ。売女の躾くらい済ませておいて欲しいし、薄汚い息を耳に当てないでもらいたい。

 良識がある方の外国人たちも帰ってしまい(帰り際にハイタッチを交わした)、またひとりになった。残りの1時間強は、話しかけてくる者もなく、揺れたりグラスでテーブルを音に乗せて軽く叩いたりして過ごした。

 出口で回収した傘を片手に、5時の渋谷を歩く。どっと疲れた気分だが、腰の痛みに比べて足の痛みは少ない。おそらく、揺れるフロアがマッサージ機の役割を果たしていたのだろう。思ったより人が多く、まるでまだ夜のようだ。広告は出会い系アプリを宣伝し、女がメンヘラ御用達の座標把握アプリで友人を召喚し、男がその女をナンパして無視されている。

 同じ国語の者たちとは到底思えない。異文化という言葉でもまだ生温い、未知との遭遇だった。少なくとも、ひとりで来るべきではなかった。夕方のバイトも外すべきだった。