ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

はじめてのクラブにソロで行くべきではない 前編

 ある日、弊学部全体グルに他学部の4年から告知が投下された。渋谷で清掃活動をし、その後クラブでパーティーをするらしい。効果はすぐに現れた。6名がグルを抜けたのだ。

 確かにどうみても怪しい。カルトは清掃ボラを隠れ蓑にするという噂だし、何よりクラブに入り浸る者に慈善活動をするような善の心があるとは考えにくい。知り合いの誰も行かないようだ。

 この方面に詳しい知人はおらず、相談もできない。しかし、裏を返すならこの文化圏に入るきっかけがまずないということでもある。迷いに迷った末、初めてのクラブへソロ潜入することにした。

 当日は雨だった。清掃活動は中止されたので、アフターパーティーだけが残った。本末転倒な気がしてならないが、どうせ彼らの本命はこっちだろう。むしろなぜ申し訳程度の清掃活動を挟んだのか不思議なくらいだ。現着すると、ドレスコードの黒ずくめが何人もいた。ひとり列に並ぶ。

 入り口では黒人が警備をしている。身分証の提示と荷物検査を求められた。特に説明もなく当然のようにペットボトルが盗まれ、早くも好感度が0になった。もしこれが液体爆弾だったら黒人の体は吹っ飛んでいただろう。肌の色は違えど、肉の色は人類皆同じだ。

 入場料は3000円だった。SNSでこのイベントをシェアした場合の価格だったはずだが、特に確認はされなかった。予定通り投稿を削除する。誰かに見られれば恥だ。

 メインは2Fで、大音量で音楽が流れている。1Fはそれよりもいくらかソフトだ。3Fでは食べ物が売られ、B1Fでは興味のない芸術作品が展示されていた。鏡とライトに包まれた通路を覗くと、そこはトイレだった。手洗い鉢や鏡が中にあり、それ単体で完結するような個室が連なっている。

 2Fに入ったものの圧倒され、『Sweet Dreams』に釣られて1Fに落ち着く。とはいえ、こう騒がしく流されてはせっかくの名曲も台無しだ。近くのソファが空き、これ幸いと座ろうとした。すると、足元に入場時にひとり1枚渡されるドリンクチケットが落ちていた。これ幸いと懐に収める。ビギナーズラックはどこにでもあるものだ。

 ひとり座っていると、女がふたりやってきた。彼女らはまだ19で、成年用の2Fには入れないのだ。会話を続けようと試みるも、周囲の音が大きくてそもそも話すのに向いた環境ではないし、何を話せばいいのかもわからない。

 いくらか話す内に、女から「2Fに行かないんですか?」と聞かれた。2Fから撤退したばかりだし、酒1杯で今から残りを凌ぐのはつらい。そう伝えたのだが、NPCのように何度も同じことを言ってくる。どうやら、どこかへ消えて欲しいらしい。

 5回は言われただろうか。女の不屈さに敬意を表して2Fへ向かう。フロアは人と音と光に満ちている。さっきの女は「女の子捕まえないんですか」とか言っていたが、そう簡単に話しかけられるのなら苦労はないし、どの女にも男がいるように見える。

 結果、ひとりで酒を呑んでいた。レッドブルウォッカを混ぜたものだ。普通に呑んでいては到底保たないので、唇を湿らせるようにちびちびと呑む。音量が凄まじく、床も自分も震えているのがわかる。こんな場所にいては、若くして補聴器の世話になることだろう。

 バーカウンターの凹凸にはまって腰を休めていると、受動喫煙などお構いなしのヤニカスが隣に来る。周囲はカップルばかりだ。公然とキスしたり腰と腰とを押しつけてヘコらせる者もいる。とっととラブホへ消えて欲しい。いちゃつくカップルの体が当たり、私のグラスから大事に節約して呑んでいた酒が溢れた。

 この貸し切りは22時までで、そこからは一般客も入ってきた。ここで帰ってもよかったのだが、せっかく入場料を払ったので閉店まで居座ることにした。ここから5時までの耐久戦が始まる。道連れは拾ったドリンクチケットだけだ。