ウルリヒトゥレタス

皐月川納涼床

[2021] 番外中間報告: 25番房記録(前編)

友人に誘われ、免許合宿へと行くことにした。正直取得したところでそうそう使う気はしないが、あって邪魔だということもないだろう。以下は免許合宿での日記、その前編だ。残りが後編だけで終わればいいのだが。タイトルは『静岡の空に』や『25番房の軌跡』と迷ったが、やはりシンプルなのがいいとこれにした。

 

 

8/16

いよいよ免許合宿の出発日が近づいてきた。準備などほとんどしていなかったが、同行の好んで微生物柄のシャツを着る男ボルボックスに指摘されて住民票が必要なことを知った。前日になってそれらを揃え、荷造りを始めた。ちなみに微生物柄はペイズリー柄とも呼称されるらしい。

タオルや洗面用具、筆記用具に印鑑とスーツケースに詰めていくが、2週間の外泊など経験がなく、着替えの必要量がわからない。駄目そうなら同じ服を2-3日着ればいいかと近くにあった服をとりあえず詰めた。最初はPCも持参するつもりだったが、繊細な老体やHDDに旅は厳しそうなこととそもそもスペースがなさそうなことを考慮して断念した。その他、枕、PS4、扇風機、冷蔵庫、自転車、4Kテレビなども持参を見送った。

荷造りを終え、手荷物に必要そうな書類や予備バッテリーを入れていると、何か嫌な予感のする文言が見えた。よく確かめると「緊急事態宣言発令中地域からの入校は原則遠慮してもらう」、「静岡に緊急事態宣言が出たら合宿は中止する」とある。さっき、ちょうど出発日に現在の宣言を延長しつつ新たな地区へも発令すると報じていた。その中には静岡も含まれている。どう考えても両方の条件を満たしているが、学校側からの連絡はない。

サイトにはお知らせがあるかと調べたが、少し前に感染者を出したことがわかっただけだった。さらに、口コミによれば教員のほとんどが高圧的で乱暴な存在であるらしいことも判明した。参加者も粗暴な連中らしい。これだから礼節を知らない田舎者は嫌いだ。

もう少し調べてみると、「男女で対応が変わる」、「授業中に寝ると延泊にされる」、「ろくにミスの原因も教えてくれないのに試験では落とす」、「延々と中身のない武勇伝を語り続ける」と悪逆の限りを尽くしているらしいことが伝わってくる。前日の時点で行きたくなさが優ってきた。翌朝に中止の連絡が入っていたとしても喜びこそすれ落ち込みはしなさそうだ。

 

 

8/17

翌朝、残念ながら中止の連絡は入っていなかった。ちなみに決行の連絡も入っていなかった。報告や連絡は社会人の基本ではなかったのか?

出発案内を読み返していると、住民票には本籍の記載が必要とあったことがわかった。マイナンバーは載せるなという注意が太文字かつ別項目で強調されているのに対し、本籍を入れろという指示は「本名かつ本籍の記載がある住民票」という文の中に隠されている程度とかなり控えめだ。今回はコンビニ印刷を使ったが、コンビニでは設定を変えなければ本籍の記載がなされない。マイナンバーは元から記載されないのだから、逆か本籍も同じく強調するのではいけなかったのか?最寄りのコンビニで印刷し直し、早くも300円の損失を記録した。

不安なまま駅に向かう。新幹線に乗るのもかなり久しぶりで焦ったが、無事正しい便に行き着いた。空席に着いてそっと後ろを確認するとカップルがいる。心置きなくリクライニングシートを倒して寝た。

目が覚めると、とうに行程の半分を過ぎている。2日前に開けたくんさきをつまんでこの記録を書いていると、あっという間に目的地に到着した。ここからは学校が出しているバスを使うらしい。

それらしきバスを見つけて近づいていくと、車体の腹に自動車学校の文字がある。乗車列の最後尾に並んだが、他の者が何やら書類を改められているのが見えた。そういえば、1週間前からの検温記録を提出するとあった。提出のタイミングは入校時だったはずだが、これくらいしか改められそうな書類は持っていない。そっと駅舎にとんぼ返りし、死角になるベンチでスーツケースを広げてでっち上げの数字を書き込んだ。

書き上げて手荷物にしまい込み、スーツケースを閉じたところでスタッフがやってきて私が合宿に来た者か聞いた。危ないところだった。事実、後で検温記録を書いていなかった他の参加者がちくちくされていた。その者も問題なくバスには乗っていたが。バスに乗ると、電車の遅延で現地に直接来ると連絡があったボルボックスに「検温記録は忘れるな、ちくちくされる」と忠告を送った。

バスに揺られて10分程、学校に到着した。そのまま入校ガイダンスが始まったが、前にいる女の事務員は横柄そうに見える。ファーストコンタクトしたサンプルがこれだと非常に不安だ。

書類の記入を終えると、視力検査があった。眼鏡のバフがあっても指定の数値に届くか不安だったが、1分とかからない試験ですべて終わった。世に問題あるドライバーが絶えないのも納得だ。

我々が選択したのは寮だった。他にも寮を選択した者はいたようだったが、おそらく男か女かでわかれているのだろう。女の寮に対し、男の寮は外見の時点ですでにみすぼらしく見える。

内部もその期待を裏切らなかった。黄色い照明が陰気に照らす廊下を抜け、割り当てられた部屋のドアを開けるとそこには鉄パイプの2段ベッドと無骨な鉄製ロッカー、剥き出しの蛍光灯とよもや雑居房かと思うような光景が広がっている。部屋の位置もトイレの向かいと理想的とは程遠い。これが14日間我々のマザーベースとなる25番房だ。

荷物を置いて食堂へ向かった。現在ではバイキング形式を中止しているらしく、いくつかの選択肢から選ぶような形式で提供されている。この日の昼食はカツ丼か冷やし中華だった。

レビューによれば食事もひどいものだという。おそるおそる冷やし中華を口に運ぶと、ハードルを下げに下げたせいか案外悪くない。ボルボックスもカツ丼に不満はなさそうだ。もしかして、バイキング形式をやめたから品質が改善したのか?

授業が始まる。ビデオと教本の解説を織り交ぜて授業は展開され、案外わかりやすい。要所要所でテストに出やすい点や間違えやすい点も強調され、きちんと覚えられたかのような錯覚を覚える。もしかしてそこら辺の塾講師よりものを教えるのがうまいのではないかと思うほどだ。

いくつか学科教習を終えると、シミュレーター室に集められた。アーケードのレースゲーム筐体のような運転シミュレーターで自動車の起動や加速減速、簡単なハンドル操作を学んだ。レバーが動かずに焦ったが、まもなくブレーキペダルの踏み込みが浅いためであったことが明らかになった。運動能力検査に問題があった可能性が浮上する。

授業時間が終わりシミュレーターがシャットダウンされる時になって、このシミュレーターはWindowsXPで動いていたことが判明した。いったいいつから酷使され続けているのだろうか。

ちなみに、この部屋では同時に5人が教習を受けていたが、彼らの誰ともコンタクトを取ることは叶わなかった。初日から知り合いを作ることができればこの後の展開にも大きな影響があったろうに、幸先悪いスタートだ。

このシミュレーターをたった1時間足らず体験しただけでもう練習場に放り出された。この頃にはもう外も暗く、おまけに雨まで降り出した。自動車とのファーストコンタクトにはいい天気だ。この日は練習場外周を周回して終わった。

寮には共用の風呂とシャワーが付属していたが、風呂は気が引けたので我々はシャワーを使うことにした。すると、先陣を切ったはずのボルボックスが早くも帰ってきた。ボディーソープもシャンプーも石鹸もリンスも洗顔料もシャンプーハットもテンガロンハットもないらしい。急遽最寄りのダイソーに向かい、閉店を知らせるアナウンスが流れる中なんとかボディーソープとシャンプーの調達に成功した。

ついでに2Lの水やコーヒー、菓子も調達した。私は干し芋ボルボックスはマシュマロを買った。マシュマロとは珍しいなと思ったが、その狙いは部屋に戻ってから判明した。なんと、煙草用のライターで炙り始めたのである。焦げた焦げたと食べていたが、熱感知器もありそうな中よくできたものだ。

夜になり部屋に戻ってくつろいでいると外から物音が聞こえた。何事かとドアを開けるが誰もいない。これを数回繰り返した後、この物音はノックではなく向かいのトイレのドアが開閉された音だと判明した。位置が悪いにも程がある。これはまだ第1夜に過ぎない。残りの日々があまりにも長いように思えた。

 

 

8/18

7時に起きた。今日はまだ起きられたが、今後どうなるかはわからない。毎日が緊張の連続となるだろう。

朝食もひどい味ではなかった。久しぶりにきちんと朝食を食べて気分はすっかり真人間だ。だが、同じメニューは私でも作成できただろう。菓子パンや惣菜パンにソーセージ、紙パックジュースやヨーグルトと既製品100%だったからだ。バイキング形式をやめたから質が改善された疑惑がより一層深まる。

我々の部屋、25番房の外には貯水池なのか草が生い茂る人工的な池がある。まるで脱走を防ぐための堀のようだ。この池を眺めていると、25号房の窓のすぐ横で外壁に沿って伸びているパイプが目に入った。一見すると妙なところはないが、よく見ると何かが巻きついている。それは植物のツタなどではなく、有刺鉄線だった。

そういえば、昨日の入校ガイダンスで「門限後は窓を開けてはならない」と言われていた。なんでも過去に門限を過ぎて帰ってきたため窓からのエントリーを試みた者がいたらしい。この有刺鉄線もその対策なのだろうが、やはり刑務所にしか見えない。ちなみに、他の部屋には鉄格子付きの窓も発見された。おんぼろ廊下には不釣り合いな監視カメラも発見された。

廊下で、他の部屋の前に積まれたシーツや布団カバーを発見した。洗濯に出すのだろうと我々も剥がして畳んで積んでおいたが、後で帰ってくるとこれらの交換は退去時にのみ行われる旨の貼り紙がドアに貼ってあった。

よりによってドアにセロハンテープを使って貼ったせいで、貼り紙を剥がす際に塗装も剥げた。これで退去時に我々の責任とされてはたまらない。面倒なシーツやカバーの装着をまた自分でしなくてはならないのも癪に触る。いっそのこと、シーツやカバーなしで寝てやろうかと思う。とても私物のそれではできない贅沢だ。

学科教習はどんどん進んでいく。ダウンしかけたことが何度もあったが、それでも追い出されはしなかった。規程か何かにより①遅刻する、②途中退出する、③寝落ちする、④携帯機器を使う、⑤飲食するなどがあればその授業の単位は得られないらしい。今のところ退出させられずに済んでいるのは喜ぶべきことだが、これがいつまで続くかはわからない。教員の裁量にすべてがかかっている。あと、水分補給くらいは認めて欲しかった。

技能教習も本格的にスタートした。始まってまもなくわかったのは、昨日の運転の未熟さだ。しれっと何度かしていた脱輪も試験中止に繋がるらしい。試験は減点方式で行われるが、いくつかの事案は即座に試験中止&不合格確定という恐ろしいシナリオに繋がるというのだ。

速度調節とハンドル操作の同時並行が難しい。それだけでも感覚が掴めておらずてんやわんやなのに、さらに障害物の位置や他の自動車にも気を配らなければならない。同時にこなすべき操作の多さと同時に処理すべき情報の多さに押し潰されそうになる。

その上、複数の教官から「先を見ろ」と指導される。カーブなどは特に自身の車体前方ではなく道の続いていく先を見据えてハンドル操作をしろということらしいが、遠くの景色からどう情報を得ればいいのかがわからない。

とりあえず指示されたあたりを見て曲がってみても、やはりうまくは曲がれない。おそらく感覚を自身で掴むしかないのだろう。このままで中間試験を突破できるのかはかなり怪しいところだ。先行きは暗い。

 

 

8/19

今日の技能教習は散々な出来で、翌日に予定されていた無線教習は延期が決まった。明日の様子がよければ明後日にも受けられるそうだが、これ以上遅れるとまずいらしい。できればそのことは伏せておいて欲しかった。

教習の合間にロビーで時間を潰していた時、ベンチにいた女がコンパスをプレイしているのが目に入った。コンパスに耐えられるなど①狂人、②聖人、③その他のいずれかでしかない。波長が合いそうな気はしたが、話しかけるのは控えた。とりあえずこの者を静岡のトムと命名する。

房ではボルボックスがPCを取り出した。レジェンズをするらしい。事前に確認したレビューでは回線の強さも悲惨なものらしかったが、レジェンズはまともにプレイできているようだ。それどころか、割と強い。私もPCかPS4を持参すればよかった。

25号房には鉄パイプの2段ベッドと薄っぺらなマットレス、無骨な鉄製ロッカー2つ、机とテレビ、冷蔵庫(申し訳程度の広さの冷凍庫内蔵)、椅子2脚、そしてこれまた2つの電気スタンドがある。曲者揃いのこの房内において、この電気スタンドは一味違う存在感を放っていた。

ピクサーのオープニングアニメーションでIを執拗にいじめて叩き潰す電気スタンドをご存知だろうか。そう、Iを抹殺して自身がその位置で成り変わった後、次はおまえだとばかりにこちらを見るあれだ。だいたいあんな感じのものをイメージすればいい。首の部分が自在に曲がる構造だったりライト部分がLEDっぽいなどある程度時代の進んだものだが、大まかな形は合っている。

我々はまもなく、このスタンドには明るさ調節機能が一切付いていないことに気が付いた。それだけならまだいいが、デフォルト(かつ固定)の明るさが異様に高いのだ。普通に付けておけば眩しいし、かといって壁に向けてその反射光を間接照明としようにもまだ明るい。もう天井の蛍光灯はいらないのではと思うほどだ。ましてやふたつめのスタンドなど使いようもない。2倍明るくして何が楽しいのか?

ところが、今日になって私はその解決策を考えついたのだった。まず、片方のスタンドを起動する。次に、首の角度を調整してふたつのスタンドのライト部分をぴったりと互いに重ね合わせるのだ。驚くべきことに、これだけで明るさがちょうどよく調節される。

首(もしくは体)をくねらせて互いの頭部を重ね合わせている様はさながら恋人同士のディープキスのようだ。我々はこれを「ピクサーのディープキス」と命名し、以後はこの状態でスタンドを活用している。つまり、これから毎日文明の灯火の代償として輝ける無機物の熱いディープキスを横目に就寝することとなったのである。

 

 

8/20

運命の日がやってきた。この場合の運命の日とは、「静岡に緊急事態宣言が発令され、公安から自動車学校休校要請が来るか否かがわかる日」という意味だ。

ところが、いつになっても学校側からの発表はなかった。要請が来なかったか要請を無視したかのどちらかだろう。休校は発表をもって代えないで欲しい。

学科教習もそのほとんどを経験した。中間試験には技能以外に学科の試験も含まれているが、それを受けるためにはまず自習室のPCからテストを受けて2度合格しなくてはならない。何度か受けて無事1回は合格した。まったく、自習室など大学受験ですらほとんど使わなかった。不思議なものだ。

技能教習では、昨日よりもいくらかはましな運転に成功した。どうにか次回の無線技能教習受講許可が降りた。隣に補助ブレーキを握った教員がいないという状況もそれはそれで不安だが、これを経なければ中間試験に辿り着けない。できれば簡単なコースだけ指示していて欲しい。

教習がすべて終わって夕食も終えた頃、近くにメガドンキがあったことを思い出して偵察に向かう。道中でコンビニを発見したボルボックスは吸い込まれるように消えていき、iTunesカードと共に出てきた。我々はそのままドンキに辿り着いたが、この時点で門限が近いため長居はできない。購入自体は後日に回すとして、この日は店内を見て回ることに費やすこととした。

どうやら2階建てのようだが、フロアの面積がべらぼうに広い。自動車で移動できそうなほどだ。なぜ上に積み重ねなかったのかは理解に苦しむが、地方ならではの事情があるのだろう。たぶん。

1Fでは2Lの水やコーヒー、各種魔剤を発見した。価格もかなり安い。さっき寄ったコンビニよりも安い。ましてや教習所の自販機とはかなり違う。魔剤はさして変わらなかったが。少々遠いのが難点だが、バラエティに富んだ飲料を安く調達できるのは助かる。

2Fにはさほど用がなさそうだった。キャンプ用品やレゴを買ってどうしろというのか?ただ、それこそなんであろうと揃っているような有様ではあった。何かが起きた際に籠城する場所としては理想的だろう。ちなみにその中にはゲーミングキーボードやゲーミングマウスが売っているコーナーがあり、ボルボックスは地方民のゲーミングPC周辺機器調達場所を目の当たりにして何かを感じているようだった。秋葉原に慣れた都会人の目には新鮮に写ったのかもしれない。私はそもそもゲーミング級を買ったことがないのでどこで買おうと高いんだなくらいしか感じなかった。

このあたりで門限に近くなり、おとなしく帰った。距離こそある程度あるが、それでも十分に近い範囲だし品揃えもいい。価格も大いによろしい。ただ、横断歩道があまりにないせいで余計に歩かなくてはならないのが癪だった。ひとつ先の横断歩道まで山手線のプラットフォーム3つ分くらいはありそうだ。いくら車社会だといっても少なすぎないか?

 

 

8/21

この日はいよいよ無線技能教習が行われた。他の者たちが続々と割り当てられた号車へ向かう中、指示されたようにロビーの片隅で待機する。

しばらくすると、同じように待機していた男が話しかけてきた。将来の不安(中間試験)などで話が盛り上がる中、彼のTシャツの柄に見覚えがある気がした。よく見てみると、それは『ブレードランナー2049』の1シーンだ。2049の方は1度しか観たことはないが、趣味が合うかもしれない。意を決して話しかける。

「それってブレードランナーですよね」

「あ、何か元があるんですか」

「たぶん」

「そうなんですねぇ、知らずにユニクロで買いました」

せっかく芽生えた希望は無残にも打ち砕かれたが、これ以後彼とは親交を持つようになった。聞けばひとりで来ているという。彼にとっても我々にとってもいい結果だったと言えるだろう。この調子で知り合いが増えるといいのだが。以降、彼を2049の主人公から取ってKと呼称することにする。

肝心の無線技能教習は平穏に過ぎた。隣に誰もいないというのは不安だったが、いざ始まってみれば案外どうにかなるものだ。声だけの指示で運転するというのも面白い経験だった。

なお、あちらからには発信機しかなく、こちらには受信機しかない。声はあちらからの一方通行という訳だ。後で聞いたことだが、ボルボックスは車内に自分しかいないのとこの仕様をいいことに歌いながら運転していたという。私もそうすればよかった。

また、中間試験の説明も受けた。まず技能試験があり、その合格者のみが続く適正検査に進み、それに通った者は学科試験の受験資格を得ることができる。それに合格することでやっと仮免許取得という流れだ。

技能試験は3つのコースからランダムにひとつが当日になって割り振られ、割り当てられたコースを同じくする3人から構成されるグループごとに行う。その3人には1から3の番号がさらに割り振られており、その順に受験する。乗ってから降りるまでが試験だという。

今日はその試験コースのひとつを走った。左折が3連続あり、なかなかにヘビーそうだ。交差点やS字路、クランクに坂道も含まれている。終了後にボルボックスやKと情報共有したところ、私が今回走った左折のジェットストリームアタック入りEコースが最も面倒そうだと判明した。他のコースも確認したが、どれもそれなりに複雑そうだった。残念なことに、交差点もS字路もクランクもないコースは発見されなかった。

テストは無事にPCでの2回合格を達成した。これで中間試験の受験資格は得たことになるが、本番の試験はさらに難しいらしい。そのために、PC版テストの合格後は義務でこそないものの本番の合格には非常に有効であるとされるペーパーテストを受けるのが推奨されていた。

PC版よりも難しいというペーパーテストを受けてはみたものの、初手で教科書に載っていない問題を出された。難しいのは結構だが、この方向で難しくするのはやめて欲しい。

夕方、昨日偵察に向かったドンキへと今度こそ買い出しに向かう。2Lの水をとりあえず2本購入して帰路に着いた。コンビニまで来るとボルボックスが追い課金を決意した。ところが、昨日の今日でiTunesカードを買いに行くのは気が引けるため今度は私に代理購入してこいと言う。その気持ちは私にもわかる。大いにわかる。ここが東京で自分の話なら、わざわざ別のコンビニで買っていたことだろう。私はこれを快諾して預かった金でカードを買ってきた。後輩(学年上は)に買わせたiTunesカードの味はどうだ?

夜、食堂にやってきた女(より正確にはその服)を見て目を疑った。ペニーワイズ(ドラマ版)のプリントだったのだ。しかも、前面にだけプリントしてあるような安っぽいものではなく、両腕のあたりにITのロゴまでプリントしてある。ITが好きでないと着られない服に違いない。

せめてどこで買ったのか、できればスティーヴン・キングが好きなのか聞きたかったところだったが、その女はイヤホンをずっと付けていて話しかけるのは気が引けた。次にあの赤いイヤホンを見かけたら今度こそ話しかけたいものだが、イヤホンがある限り拒絶されているようで話しかけられない気もする。難しいところだ。

 

 

8/22

25番房の鍵がなかなかかけられない。どこまでも回っていくのだ。なのに、回し切っても鍵はかかっていない。ボルボックスは平然と閉めているので、閉めるのはこの者に投げることにした。なお、私は鍵もすぐ失くす。大抵はベッドの上や机の上に放り出したのを忘れるだけだが、あまりにもその回数が多くかつ忘れるのが早いのでボルボックスにも心配された。部屋を出ようとして私が鍵のありかを忘れたことに気付くのはもはや25番房での恒例行事となりつつある。

この日も学科教習はなかった。学科教習はなかったが、その時間を使って我々はテスト演習に励む。今日は間違えやすい問題と題してややこしい問題や悪意に満ちた問題、初見殺しの問題などが集められていた。

とはいえ、そのほとんどはこれまでに受けたテストの中ですでに間違えている。これすら90点取れるまでに至っているので、案外本番も合格できそうだと思う。あやふやなままに答えたら合っていた問題の復習は残るが、こちらは調子がいい。

本番では90点以上を取れれば合格だという。50問ある中でミスを5問以下に留めればいい訳だ。①「吸殻を窓から捨ててはいけない」のようなの一般常識的問題と②「故障車を牽引するのに特別な免許はいらない」のような適切な知識があれば答えられる問題、そして③「警察官や交通指導員の手信号は信号機より優先されるが工事現場のガードマンには適用されない」のようなすでに見切った難しめの問題という3種類の問題がいくら出てくるかにかかっている。

とはいえ、もし初見殺しが出たり迷うような問題が出たところで正解を選べる確率は50%だ。つまり、理論上は勘で選んでも半々で当たるのである。入試問題もこのような正誤問題がよかった。

依然として行われる技能教習では残る2コース、CコースとDコースの練習を行い、それが終わると自信はひとかけらもなくなっていた。注意すべき点はわかったが、それがあまりにも多い。

即死条件の回避を念頭に置きつつ、同時に各課題の遂行にも気を配らねばならない。どちらかが疎かになる気しかしない。採点基準も明かされないため、もはや不安しかなくなっている。

明日どのコースに割り振られるかは不明だが、どれになっても難しそうなのは同じだろう。願おうにも祈ろうにもどれにすればいいのかわからない。

試験の順番も同じだ。もし1番になったとして、うまく終えれば後発にプレッシャーをかけることができ、死んだとしても初手死亡をかますことになりやはりプレッシャーをかけられる。後発になればなったで高みの見物を1回は出来るだろう。

試験前夜なので教本を読み返したり各コースの流れを復習したりもしてみたが、明日の7:50には集合していなければならない。それにどうせ今詰め込んだことの9割はハンドルを握った瞬間、いや車体前後を確認した瞬間には抜け落ちているに違いない。そう思って早めに就寝することにする。一応延泊の準備だけはしておこう。

 

 

8/23

とうとう前期試験の日がやってきた。幸いにも寝過ごすことはなかったが、昨日買った魔剤は飲み損ねた。

指定の時間にもきちんと間に合い、集合場所の教室で待機する。どうやら今回の受験番号はこれまでの生徒番号とは無関係らしく、見ず知らずの人々に囲まれて座ることとなった。「今席が近い人は後で一緒のグループになるかもしれませんから、髪型とか服を覚えておくといいですよ」との言葉に従って前の男を見やる。どうせなら軽く話して知り合いになっておこうかとも思ったが、まもなく説明が始まりその機会を逃した。

私の受験番号は38番だった。画面に映し出された表を見ると、よりによってEコースでグループの中の1番だった。これでもう高レベル乗馬スキルによるドライビングテクニックか凄惨な即死ルートのどちらかしかなくなった。

2番は1番の運転に後部座席で同行し、3番は2番の運転に同行する。では1番はどうするのかというと、さすがに本番直前の生ルート確認がひとりだけなしなのはよろしくないのか、試験官の運転に同行することになっていた。

ところが、その試験官の運転は減速などほとんどしないものだった。普段のような丁寧な運転をすればまた不公平となるゆえだという。すぐに私の番が来てしまった。

2番の者を後ろに乗せ、私の番が始まった。ほぼ初手で「交差点を右折」と「交差点を通り過ぎつきあたりで右折」を取り違えるというミスを犯したものの、なんとか補助ブレーキをかけられることなく走り終えた。大きなミスに心当たりはなかった。最初のものを除いて。

走行後は試験官からひとつアドバイスを貰えると聞いていた。そこで私のミスが告げられたのだが、やはり最初のミスが出てきたのはもちろんのこと、なぜかクランク後の行動が遅かったとも言われた。アドバイスはひとつではなかったのか。終わって早々に不安が募る。

試験車から降りると、近くにいた男が話しかけてきた。どうやらこの者も1番目で、もう自分の番を終えたらしい。この後どこで待てばいいのかを聞かれたが、正直さっきの説明を聞いていなかったので答えようもない。しかも、そうこうしているうちに試験車は2番を運転席に乗せて発進していった。私の荷物を後部座席に載せたまま。

結局、試験車がまた帰ってくるのを待ち、荷物を回収した後は本館のロビーで待機することにした。他の受験者もたむろしている。ボルボックスやKも試験を終え、後は結果発表を待つばかりになった。モニターにはendeavorと表示されているだけだ。よりによって「努力」とは。気分が悪くなる。

そして、発表の時が訪れる。モニターに表示された番号の中に、果たして私の38は存在していた。ボルボックスもKも、さらにさっきの男も無事合格していたようだ。暖かい安堵感に包まれる。これで第一関門は突破したのだ。よく通ったものだと思う。合格点は70点だというが、もしかしたら69.5点を四捨五入して合格したのかもしれない。

ところが私のひとつ前、37は存在していなかった。もし今朝の集合時にひとつ前の彼と知り合っていたら、今頃どう言葉をかけたものか困るところだった。運命とはわからないものだ。

合格者は別の場所に集められ、適正検査へと移行する。厳密な視力検査をされれば(眼鏡込みでも)負ける自信があったが、入校時と同じような簡単なものだった。見る限りここで落とされた者はいなさそうだ。ほとんどの内容が入校時のものと同じだったため当然と言えば当然だ。

そして学科試験が始まるのだが、その前の準備段階が異様に長い。回答用紙への個人情報記入や試験の説明にかなりの時間をかけている。早朝から緊張感の中に置かれ続けている我々にはかなりつらい。しかも、その試験の規則がまた面倒なのだ。回答用紙の上に常時問題用紙を重ねておき、回答時は問題用紙をめくって書かなくてはならなかったり、現在使っていない問題用紙は横に避けておかなくてはならないなどうっとうしい規則が山盛りだ。もしかして、意味のわからない規則に文句も言わず従えるかどうかのテストなのか?

やっとこさ解き始めた問題自体は大した難度ではない。怪しいものが5題ほどあったが、半分は合っているとすれば94点が狙える。時間が足りなくなるというようなこともなく、試験は終了した。昼食後に同じ教室で結果発表が行なわれる。

ちなみに、昼食はカツカレーだったのだが、スタッフの老婆が雑に盛られた器を置くものだから福神漬けがこぼれていた。やはりスタッフの一新から始めるべきなのではないのか。

結果発表前の教室に入ると、すでに多くの者が今か今かとその時を待ち構えていた。さっきもそうだったが、異様な緊張感の中で談笑に興じている。

前のスクリーンにはこの後の流れが映し出されていたのだが、合格者にはこの教室に残るよう伝える一方で「不合格は退出して頂きます」とある。さすがにこれは禁止カードだろう。言葉の持つパワーがあまりにも強すぎる。

突然、廊下に出ていた女が教室内へ駆け込んできて席に着き、周りの女たちに「結果が来た!」と伝えたのを検知した。まもなく教員が入ってきて端末を操作すると、世にも恐ろしい文章の画面が切り替わった。いよいよ仮免許取得の成否がわかるのだ。

最初に出てきたのは、TDLTDSの入園ゲートで鳴るようなどこか場違いの音で、それとともに「赤文字で表示されている受験番号が合格者です」との文面が浮かび上がる。そしてさらに一拍置いて、1から順に数字がすーっと浮いてきた。どこまで焦らせば気が済むんだ?

果たして、私の33(技能とは違う番号になっていた)は……赤かった。技能、適正、学科と3つの試練を乗り越えて、前期での延泊を回避したのである。ついでにとうとう仮免許も勝ち取った。

後ろにいたボルボックスも喜んでいる。彼の番号も赤かったのだろう。というか、周囲にいる誰も彼もが喜んでいる。肩を叩き合い、抱き合い、笑い合っている。

それも当然だ。学科試験までの生存者は44名。そして、画面に映し出された44の数字は、そのすべてが赤かったのである。

全員生存ルートに到達したため、誰も教室から出されることなく後期のガイダンスが始まった。そして、それが終わるや否やすぐさま今日の技能教習の時間が訪れた。前期と後期の技能教習では、その間に決定的な違いがある。ひとつは1日に3コマあることだが、もうひとつは公道に出るということだ。

突然公道に出された。さっきまで時速40kmで制御不能気味だったのに、出されてしまった。段違いの情報量と速度に圧倒される。こうしてよくわからないままに最初の路上教習は終了した。

しかし、まだまだ今日という日は終わらない。残りの2コマでは早くもバイパスというところに入り込んだ。基本的に時速60kmで走らなくてはならないらしい。合流前に一気に急加速し、その速度のまま飛び込むことになる。まるでハイパースペースだが、それでも入ってみれば案外生還できるものだ。速度の切り替え地点がわかりにくいが、これは早くに慣れておきたい。

こうして前期最終日(予定)は終わった。ちなみに、学科教習もこの日は2コマあった。午前が朝から試験で潰れ、午後は学科2コマと技能3コマだ。しかも技能は初の路上だった。試験と言えば、それさえ終えれば後は比較的余裕のある日だというのが定評のはずだ。ここにおいてはまったくそんなことはなかった。むしろ、今まででもっとも疲れた日かもしれない。