ウルリヒトゥレタス

だいたい生存報告

接客の練習 その②

おや、プレジデンテではありませんか!再びお目にかかる日が来ようとは!本日もまたいつにも増して神々しいお姿でいらしゃいますな!先日は「ゲーミングたわし」をご購入頂き誠にありがとうございました。その後はいかがですか?

ほう、鉛のロッカーにきちんと保管していらっしゃるのですね。説明書きをきちんとお読みになっているとは、プレジデンテの危機管理意識はやはり健在ですな!説明書きも読まずにクレームの電話を寄越す客も最近増えておりまして、まったく困ったものです。

ところで、本日は何かお探しですかな?プレジデンテの宝物庫には敵いますまいが、わたくしどもとしても自慢の品々を取り揃えてございます。プレジデンテのご希望にこたえてみせましょうぞ。どうぞなんなりとお申し付け下さい!あまり無理のない範囲で。

ふむ、「肉をよく断てる刃物が欲しい」ですか。何の肉かは聞かないでおきましょう。どの家の戸棚にも骸骨が隠してあるものですからな。プレジデンテの邸宅ならば999体はいそうです。ホーンテッドマンションも夢ではありませんよ!

⋯⋯コホン、そういうことなら⋯⋯そうですね、こいつはいかがでしょう?あっ、手に取る際はどうかお気をつけて。れっきとした刃物ですからな。名状しがたい色をしているのがおわかりですね?その名も、「無限漬けナイフ」でございます!

 

元来、ナイフというかそもそも刃物というものは森羅万象に同じく衰えないものはありませんでした。どんなに切れ味鋭い刃物であってもいずれは切れ味が落ちてしまい、買い替えるか砥ぎなおすか叩っ斬るようにするかのいずれかを選ばねばならなかったのでございます。各社は切れ味の追求に躍起となり、市場にはよく切れる刃物が続々と登場しましたが、この点が解決されることは今までありませんでした。中には特殊なコーティングで切れ味を高めたりのこぎりのような加工を施した結果として簡単には砥げなくなった刃物まで登場する始末です。まったく馬鹿げていると思いませんか?

弊社でも刃物の開発を行っておりましたが、ここでもまた開発方針の点で行き違いが発生しましてな。つまり、切れ味追及派と耐久性追求派にわかれてしまったのでございます。この頃、弊社では社員が結成したバンドグループも活動していたのですが、このグループもこの争いを機に「方向性の違い」で解散してしまったものです。たしかバンドリーダーは切れ味派で、それ以外の593人は耐久性派でした。

ところが、その593人の中にはひとり、バンドの解散に心を痛めていた者がおりました。彼自身の考えとしては耐久性こそ必要だと考えていたのですが、一方で切れ味も妥協すべきではないと考えていたのです。解散した日、彼は本当に耐久性派についてよかったのかという葛藤に悩まされつつ退勤して酒場へと向かいました。その酒場は極東の「クシアゲ」という食べ物を出す店でして、プレジデンテはご存知でしょうか?いえいえ、ご存知なくても気に病む必要はありませんぞ!プレジデンテに知られていない「クシアゲ」の方が悪いのでございます!

その「クシアゲ」なのですが、愚かで時代遅れな因習として「ニドヅケキンシ」という掟があるそうなのです。「クシアゲ」はソースに漬けて食べるもので、そのソースに漬けていいのは1回のみ、なのだそうですよ。実にあほらしい風習ですな。彼はその掟をしっかりと把握していたのですが、その日に限っては葛藤で頭がいっぱいだったようで、その掟を忘れて2度、ソースに漬けてしまったのです。

その後の展開については詳しく語る必要もありますまい。禁忌を犯した彼に対し怒り心頭の店主が放った包丁の嵐や内心では掟を快く思っていなかった客たちの武装蜂起といった話をしてはプレジデンテを退屈させてしまうだけですからな!彼は串数本とソースの容器を抱えたまま店を飛び出し、家に無事逃げ帰ると一息入れてその串を食べたのでした。

その串は実に美味で、これまでに食べたどの串よりも深く入り込んだソースの味わいに加え背徳感というスパイスがひとつ上の次元へとその串を押し上げていたそうなのです。その時彼は気づきました。2度漬けこそが全てを解決するのだと。

余った串をそれぞれ2回ソースに漬けて食べていた彼ですが、その高揚感や幸福感に包まれるあまり、うっかり口に運んでいた最後の1本をまたソースの中に落としてしまったのです。2度漬けには到達した彼ですが、それ以降は未だ未知の領域です。それでも彼は意を決して勇気を振り絞り、3回ソースを浴びた串を口へと運んだのでした。その串には更なる深みが感じられ、背徳感も2倍、いやそれ以上にも高まっておりました。滂沱の涙を流しながらその串を食べ終えた時、彼は今度こそ真理に到達したのです。漬ければ漬ける程よいのだと。

翌日、彼は大量の串とソースを携えて出勤しました。そして上司や上級研究員の口に片っ端から10度漬けした串を突っ込み、感動の涙を流す彼らに自身の計画を語り、その了承と全面的協力を勝ち取ったのです。その計画とはすなわち、溶かしたコーティング剤にナイフを何度も何度も気が遠くなる程漬けるというものでした。ちなみに、コーティング剤は市販でも特に高性能なナイフから抽出したものですからそちらについても心配はご不要です。そして出来上がったナイフは、使い続けてコーティングが剥がれても下からまたコーティングが現れるという夢のような性質をみごとに獲得していたのでございます!通常、コーティングというものはその効果が薄れてもしつこくへばりつき続けるものでして、いっそ全部剥がれてくれた方が楽なのにそうはならないものです。ですが、このナイフのコーティング剤は「自分はこのナイフにとって唯一無二ではない」ことや「世の理に反して何度も漬けることを許した」ことへの負い目がありますので、効果が薄れると潔く剥がれ落ちてくれるのでございます!まぁ、俗に言うところの「メンヘラ」という奴ですな。実に画期的だと思いませんか?ちなみに、これによって使い物にならなくなるまでは自分の利用価値を示すべく必死になって働くという副次効果を得ることもできました。一方でナイフ本体は世の理を超越した背徳感とコーティング剤を辱めてやったという成功経験によって自信に満ち溢れておりますから、本体が先に駄目になってしまうということはございません!

そうでした、プレジデンテは性能にも拘るお方でしたな?もちろん忘れてはおりませんぞ!その証拠にほら、「無限漬けナイフ」とかっぴかぴのフランスパンでございます。どうぞ、その「無限漬けナイフ」で切り刻んでおくんなさいまし!

ほら!見事に切れておりますでしょう?もう粉みじんですよ!あ、そこまで切らなくても大丈夫⋯⋯いえ、なんでもございません。まな板まで切ってしまうとは、やはりプレジデンテは一味違いますな!そしてこちら、事前にいじめ抜いたナイフでございます。ほら、少し切れ味が落ちておりますでしょう?ですがご安心を!プレジデンテ、その高貴なる指でナイフを弾いてみて頂けますか?「でこぴん」です、プレジデンテ。おぉ!ご覧になりましたね?プレジデンテの指から発せられた波動がナイフを伝わった瞬間、表層のコーティングが消し飛びましたのを!プレジデンテは波紋使いでもいらっしゃったのですか?まったくもって見事でございました!あっ、ほら、その下からはぴかぴかの層が顔を覗かせましたぞ!これだけで切れ味は無事復活でございます!

えっ?「コーティングが全部剥がれたらどうなるのか」ですか?プレジデンテ、まずご承知おき頂きたいのは、このコーティングが全て剥がれるのはかなり先であろうということです。なんてったって「無限漬けナイフ」ですからな。まぁ、厳密な意味での「無限」という訳にはいきませんが⋯⋯寛大なプレジデンテなら気になりませんよね?

さて、耐久性がかなり高いというのはご承知頂けましたでしょうが、それでも万が一の場合を考慮に入れるのが賢明というものです。賢者とはまさにプレジデンテのことですな!まったく、どれだけ称号を増やせば気が済むのですか?でも、やっぱり最もしっくりくるのは「プレジデンテ」ですな、プレジデンテ!では、もしコーティング剤が全て剥がれた場合のことを考えてみましょう。長い長い戦いの旅路を乗り越えて、その終着点に辿り着いた訳です。プレジデンテならどうなるでしょうか?

その答えがこちらです⋯⋯あっ、違いました。こちらです。こちらは全てのコーティング剤の層が剥がれていった後に残る、本体部でございます。おや、さすがはプレジデンテ。もうお気づきですな?もう何も残っていないはずのこの本体が、何かオーラのようなものを纏っていることを!

これは華々しい成果と勲章を胸に一線を退いた歴戦の勇士だけが身に纏う貫禄、己の遥かなる旅路を後発へと継承するための第二の生へと踏み出した者にのみ発現するエネルギーのヴィジョンです。そう、確かに今でもナイフではありますが、まな板(時には胸板)の上で振るい続けたその刃は往年の鋭さを失いました。それでも、その経験はまだ生き続けているのです。未だにトマトの潰れやすさや鶏肉の皮の切れにくさを知らないまっさらな刃に、その意志は引き継がれるのです。具体的に言うと、新品のナイフや「無限漬けナイフ」ではないナイフ、そして刃こぼれしてしまったりそもそも低質だったりして切れ味の悪いナイフであっても、本体部の近くにあればそのオーラに影響されて「無限漬けナイフ」の切れ味をある程度手に入れることができるという訳です。

ちなみに、あくまでごく稀にではありますが「よく考えたら自分の業績は全てコーティング剤の力によるものであって自分自身は何もしていないのではないか」だとか「コーティング剤も散っていった今、自分には何も残されていない」という真実に辿り着いてむしろ負のオーラを纏ってしまう例も確認されております。その場合はただちに他のナイフから引き離して弊社のサポートセンターにご連絡下さい。他のナイフも影響されてはたまったものではありませんからな。

 

いかがでしたでしょうか、「無限漬けナイフ」は?⋯⋯こちらもお買い上げ頂ける?ありがとうございます!プレジデンテならこの商品の真価を見抜いて下さると信じておりましたぞ!では、レジまでご足労頂けますかな?レッドカーペットがない点についてはお詫びいたします。幾度となく本社に問い合わせてはいるのですが、未だに届かないのですよ。まったく、本社の連中は何をやっているのやら。

金額ですが、700$でございます。おや、今回はちょうどで済みましたな。お支払い方法はどうされますか?小切手ですか?今回も現金ですね。助かりましたよ!さっきペンのインクが尽きてしまったところでして、小切手も切れない有様なのですよ。

レシートは大丈夫です。本社から新品のロールが届きましたからな!まぁ、1年前に要請したものがやっと先週届いただけなのですが⋯⋯届かないよりはマシというものです。出てきました。こちらレシートでございます。

あっ、わたくしとしたことがすっかり失念しておりました!刃物用の梱包材も切らしていたことを!どうしたものやら⋯⋯そうだプレジデンテ、ここはこの毛布で包むということで手を打ちませんか?ありがとうございます。ご理解が早くて助かりますよ。少し汚いものですが、これで安全なはずです。この毛布ですか?ライナスという同僚のものですが⋯⋯まぁ、こんな古ぼけた毛布が消えたところで困りますまい。

はい、梱包も完了です。こちら、お買い上げの「無限漬けナイフ」でございます。お気をつけてお持ち下さいね。どうぞ、その切れ味を存分にご堪能下さいまし!この度もご来店頂き誠にありがとうございました。またのご来店をお待ち申し上げておりますぞ!